エンタメ業界に突きつけられる「アンパンマンの問い」
「やなせさんの代表作『アンパンマン』は本当に普遍的な作品です。『何のために生まれて何をして生きるのか』というやなせさんの言葉に対して、常に自問自答する日々でもありましたし、これはそれこそエンタメ業界に課せられている言葉なんだという気もします。
作品一つ一つに対して自分は何を残して、何を伝えたいのかとか、何のためにこの作品に僕が選ばれているのかという理由を自分の中にしっかり持ち続けないと、時間というものはあっという間に過ぎていくし、世の中はどんどん変わっていく。だからそういう一つ一つ、一日一日、役者としてどう向き合うか、常に突きつけられていたような気がしていました。
『アンパンマン』の背景には戦争に対するやなせさんの強い思いがあります。ドラマで描かれてきたのは、嵩やのぶのごくふつうの日常生活が多かったんですよね。もちろんドラマですから、いろんなことが巻き起こっていくわけですが、今田さんと二人、日々感じていたのは、それこそすごく普通な、毎日ご飯が美味しいねという毎日でした。この温かさを届けられただけでもこの作品に意義があったのではないかなと思います。
今年は戦後80年で、でもいまも戦争は終わっていないと僕はどこかで思っていたし、世界ではまだ悲しい出来事が起きている最中です。
『あんぱん』が届けなければいけないメッセージは戦争パートが背負い、その軸にはやなせさんの言葉や『アンパンマン』という作品がある中で、のぶと嵩は普通の毎日をどれだけ大事にできるかを日々噛み締めていたような気がします」
北村さんが大切に感じた日常感を出せたのは「前室(ぜんしつ)」の存在だった。ドラマがはじまる前のインタビューでも、北村は楽屋にいないで、前室にいるようにしていると言っていた。
前室とは、スタジオの手前にある待機場で、俳優やスタッフが一堂に会することができる。壁には撮影スケジュールが貼ってあり、ほかにはみんなの写真や視聴者の反響などが貼られたりしていることもある。
俳優はたいてい、出番のないときは楽屋にいて、出番が近くなると前室で待機して、スタジオに入っていくのだが、北村は楽屋に入らないことを課していた。