
「やなせたかしではなく、嵩として生きた」半年の体感
「半年前はやなせたかしさんを感じながら演じました。初回の冒頭、まだ先々のことはわからなかったから、とにかくやなせたかしさんの模倣から入るしかなかったんです。それが、いざもう一回、同じようなことをやろうとするとどこか違って……。
半年、柳井嵩を演じてきたあとだと、顔や体の角度も変わるし、沸いてくる感情も違いました。僕はこの半年、やなせたかしとして生きたのではなく、柳井嵩として生きたからだというのを強く感じました。お芝居の根っこにはやなせたかしさんのイズムがあるけれど、柳井嵩として育ったのは、違う花だったのだなと」
やなせたかしと柳井嵩は「似て非なるもの」になったと言う。やなせたかしと柳井嵩の違いとは何だったのだろうか。
「柳井嵩はやなせたかしさんをモデルとした役ですが、やなせさんと比べると暗い。やなせさんは『たっすいがー(高知弁で頼りない)』ではない、明るい人だったと思います。その違いのなか、柳井嵩というものの主体性をどこに置くのか、八木役の妻夫木聡さんと一緒に考えたこともありました。
その結果、やはりやなせさんがこの作品全体を包んでいて、つまりやなせさんはある種の象徴的な存在なのだというところに行き着きました。寛(竹野内豊)がやなせさんの言葉を言っていたのをはじめとして、いろいろなシーンにやなせさんの要素が散りばめられていたことからもそう感じました」
そうやって演じてきて、第120回、改めてアンパンマンを描く嵩を演じたとき、北村さんのなかに沸いた感情は――。
「柳井嵩としてアンパンマンを見ると、非常な愛しさと、そしてここまでの苦しさと、あとは今まで出会ってきた人たちのいろんな顔が浮かびました。寛さんたちがやなせさんの言葉を言ったり、登場人物のほとんどが『アンパンマン』のキャラクターをもじったキャラになっていたり。
そういうことからして、みんながいたから『アンパンマン』が生まれたという物語になっていたんですよね。そのなかで、やっぱり一番強く感じたのが、のぶちゃんです。
実際のやなせさんと妻・暢さんが過ごした時間より、柳井嵩と朝田のぶが過ごした時間は長い。やなせさんより長く、幼少期から関わりがあるからこそ、『あんぱん』における『アンパンマン』は、のぶと歩んできた道によってできています。
アンパンマンのモチーフとされているのは千尋(中沢元紀)ですけれど、作品全体を思うと、二人の軌跡を強く感じました。これはきっと柳井嵩のオリジナルの感情なのかもしれないです」
やなせたかしとは違うとはいえ、根っこにあるイズムはやなせたかしから受け継いだもの。そのやなせたかしイズムとは何だろうか。