ただ一方で、働き盛りの年代にもかかわらず勤め先の業績不振や人員削減などで働き続けられなくなったり、自営業に進出してみたものの失敗したりした人も少なくない。子どもの塾代などの教育費や住宅費の負担も重く、「老後への備え」が十分とは言いがたい人も目立つ。

 ニッセイ基礎研究所の金明中・上席研究員は「大企業勤務などで一定の年金を受け取れる人と、そうはいかない人の二極化が進む可能性がある。これもまた深刻な問題だ」と指摘する。

 こうした懸念は他の専門家らからも聞いたことがある。今後はむしろ「老後格差」が深刻化するのでは、との予測が出ている。

 韓国の高齢化の問題を取材するにあたって、記者(稲田)には会いたい人がいた。

 成川彩さん。韓国映画やドラマに詳しく、著書もいくつも出している、韓国在住の文化系ライターだ。

 映画やドラマの中で描かれるテーマやストーリーは、社会の姿やその変化を雄弁に物語る。最近のありようにも、韓国社会の急速な高齢化が映し出されているのではないか。そんな疑問をぜひ、成川さんに聞いてみたい、と思ったからだ。

高齢者を主人公にした
映画やドラマが増えている

 ソウルで会った成川さんは、こんな話をしてくれた。

 ここ5年ほどの間に、韓国の映画やドラマでも高齢者が主人公や重要な登場人物として描かれることが増えている。

 認知症などのテーマも正面から取り上げられるようになった。作り手の側も、そうした作品が関心を持たれ、需要があると見込んでいるからこそ、高齢者や高齢化にまつわる課題を描く作品に力を入れるのではないか。

 高齢化への対策として75歳以上の人々が自ら死を選べる制度を設ける国家を描き、話題を呼んだ映画「PLAN75」(早川千絵監督)も、2024年に入って韓国でも公開された。

 成川さんは言う。「若い観客が多かったと報じられていて、ちょっと意外でした。近い将来、自分たちがこうなるのではないかという危機感が、若い世代に広がっているのかもしれないですね」

 実際のところ、韓国の若い世代は、社会が急速に高齢化していく現状をどう受け止めているのだろうか。

 24年8月末、記者は地下鉄に乗って、ソウル市内の鷺梁津(ノリャンジン)駅へと向かった。韓国有数の水産市場があることで知られるこのエリア。公務員試験向けの予備校などが集まり、若い世代が多く行き交う街でもある。