仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

事前に決意を固める人は、目標を達成しやすい
目標に向けた行動を取りやすくするための有効な方法の1つに、「事前に決意を固める」という心理的作戦があります。
誘惑に直面する前に、誘惑の種を排除しておくことで、誘惑に挑む決意を固めておくというものです。
これは、「プリコミットメント」と呼ばれています。「プリ」というのは「事前に」という意味ですね。
禁煙や禁酒、ダイエットをしている人が、魅惑的な対象物(タバコ、お酒、スイーツ)への接触を避けるために、それを家に置かないとか、浪費を避けるために、クレジットカードをもたないなどがこれにあたります。
最近では、ついついネットサーフィンをしてしまって生産性が上がらない私のような人のために、自分がよく使うアプリや、よく見るサイトなどをブロックしてくれるアプリがあるというのですから、便利な世の中になりました。こういったものを大いに活用しましょう。
「ペナルティ」と「ご褒美」で決意を強くする
誘惑となるものを排除しないまでも、誘惑に流されることを困難にするプリコミットメントもあります。
それは事前に、「誘惑に屈したら自分にペナルティを科す」あるいは、「目標を守れたらご褒美を与える」と決めておくことです。
ある研究では、禁煙を目指す参加者に事前に一定額のお金を預けてもらい、半年後に禁煙に成功していれば返金し、失敗していればそのお金を没収して慈善団体に寄付する、というプログラムを実施しました。
その結果、この方法は効果てきめんだったそうです。
このプログラムがあまりにも効果的だったので、現在のアメリカには「スティック・ドットコム」というオンラインサービスがあるそうです。そこでは、事前に登録した目標やルールが守られなかった時、その人が支援したくない団体に対して強制的に寄付が行われるそうです(「アンチ・チャリティ」といいます)。
日本では、下着メーカーのトリンプ・インターナショナル・ジャパンが2002年に、禁煙宣言をした社員に対して、3万円の報奨金を支給する制度を導入しました。その際、禁煙に失敗した場合には、報奨金の倍額である6万円を自主返納しなければならないというペナルティも設けられていました。
このように事前に強い決意を固めておけば、そうそうたやすくは誘惑に負けることはなくなることでしょう。
ペナルティではなくて、誘惑に負けずに目標を達成できた場合のご褒美を、事前に用意しておくというのでもよいですね。
私はこの本を書き終えたら、高校生の娘と一緒に旅行に行こうと思っています。本を書くことは決して嫌いなことではなく、むしろ好きなことではありますが、1冊の本を書き終えるというのは、それなりに大変なことです。また、それによって別の目標(たとえば、娘と楽しい時間を過ごす)が一時的に先延ばしされることになります。
つまり、この本を書き終えるという目標においては、「娘と楽しい時間を過ごす」というのが誘惑となります。そこで、この誘惑に打ち勝つために、目標を達成できたら、娘と一緒に旅行に行くというご褒美を用意しているわけです。
ぜひ、ここで自分自身ののプリコミットメントを考えてみてください。
なお、6日目の講義の内容の内容を踏まえるならば、「獲得型」の人ならご褒美を事前に用意しておく、「防御型」の人ならペナルティを事前に決めておくのがよい、ということになります。
事前に決意を固める際にも、自分に合った心理的作戦を用いることで、その効果が大きくなります。
そのため、あなた自身が獲得型なのかそれとも防御型なのかを見極めて、自身に合ったプリコミットメントを考えてみましょう。
参考文献:Gine, X., Karlan, D., & Zinman, J. (2010). Put your money where your butt is: A commitment contract for smoking cessation. American Economic Journal: Applied Economics, 2(4), 213-225.
※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。