政策金利を引き上げれば、短・中期金利が上昇する。これは、経済活動に抑制的な効果を与えるだろう。ただし、これまで短・中期金利は、正常なイールドカーブの水準よりは低すぎる水準だったと考えられるため、投機的な取引を助長していた可能性がある。

 その結果として、土地価格や株価が正常な水準より高くなっていたとすれば、そうした状態が短・中期金利の上昇によって是正されるのは、社会全体の立場から見て望ましいともいえるだろう。

 また、中期金利の上昇は為替レートに対して影響を与える可能性もある。

 他方で実質消費は、金利の変化によってはあまり影響を受けないだろう。実質消費の動向を決めるのは、実質賃金だと考えられるからだ。

 実際、ここ数年の実質消費の推移を見ると、物価上昇によって実質消費が抑圧されていることが分かる。

 GDP統計で、家計最終消費支出(実質季節調整系列)の推移をいずれも1~3月期で見ると、19年には295兆円だったものが、コロナの影響で20年は289兆円、21年は280兆円と落ち込んだ。その後、22年に283兆円、23年に293兆円と回復したが、その後は、24年に287兆円と再び落ち込んだ。今年は若干回復したものの292兆円だ。

 つまり、23年以降を通して見れば、消費支出はほとんど“ゼロ成長”だ。これは消費者物価の上昇によって、実質賃金が伸び悩んでいるためだと考えられる。

 また家計調査で見ても、物価高騰によって実質消費が抑圧されている状況が分かる。

 実質家計消費停滞の状況を改善するために必要なのは、実質賃金を増加させることだ。このためには、名目賃金を引き上げるか、物価上昇率を引き下げるか、あるいはその両方が必要だ。現時点の日本では、名目賃金の上昇率はすでに十分な高さになっているので、重要なのは物価上昇率を抑えることだ。

 また長期的に言えば、労働生産性の向上を図り、これによる賃金の上昇を実現する必要がある。

長期金利が政策金利の決定に影響!?
注目される9月決定会合の判断

 以上をまとめれば、次のことがいえる。

 10年国債の利回りが上昇している原因としては、期待インフレ率の上昇と実質利回りの上昇の二つが考えられるが、長期金利の現状を所与として認めるとすれば、イールドカーブのゆがみを是正するために、政策金利を引き上げる必要がある。そして日銀の利上げによって消費支出が減少することはないだろう。

 短期金利である政策金利を政策判断によって決定し、長期金利は、それに合うように市場が決めるというのが、伝統的な考え方だった。

 しかし、長期金利の上昇に対処して、将来の財政事情を好転させるのが極めて困難だと考え、仮に日銀が政策金利を引き上げるとなれば、市場で決まる長期金利が政策金利の決定に影響を与えるということになる。

 こうした考えの妥当性も含め、9月18・19日の金融政策決定会合で、利上げについて日銀がいかなる決定をするのかが注目される。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)