看板を下ろすこと以上の
意味を持つ支店の「廃店」

 私の勤務する銀行では、支店を閉じることを「廃店」という。それは単に看板を下ろすこと以上の意味を持つ。

 地域経済の担い手である中小企業にとって、取引銀行は単なる金銭の貸し借りをする場所ではない。困った時に手を差し伸べてくれる、かけがえのない存在であるはずだ。

 現代の金融業界において、廃店の判断は主に採算性に基づいている。少子高齢化と人口流出が進んでいる地方都市では、顧客数が減少し、貸出残高も伸び悩んでいる。

 一方で、人件費や維持費は重くのしかかる。本部からすれば、このような赤字部門を抱え続けることは、株主に対する説明責任を果たせない非合理的な経営と見なされかねない。

 特に、全国に支店網をもつメガバンクは、地域ごとの収益を厳格に評価する。一部の支店が赤字を垂れ流せば、それは銀行全体の経営効率を悪化させる。

 だからこそ、廃店による人員を都市部に再配置する、もしくはインターネットバンキングやスマホアプリ開発といったデジタルチャネルに投資する方が合理的だ。

 しかし、地方支店の看板を見るたびに感じるのは、その合理性だけでは割り切れない「何か」の存在だ。

 M銀行の前身である旧都市銀行の支店長たちは、まさに「殿様商売」だった。地域の名士の1人として扱われ、地元の有力企業とのゴルフや会食に興じた。

 それは単なる贅沢ではない。その交流の中で情報が交換され、信頼関係が築かれ、当事者同士にしかわからない「恩義」が生まれる。その「恩義」による関係が、途絶えることなく続いていく。

支店の顧客交流会にやってきた
「難攻不落」のA興産社長

 私が入行して二店目に赴任した宮崎中央支店では、宮崎市内で最も格式の高い料亭にて、年に1度の顧客交流会が催された。100人以上も入る大広間に、地元経済を牽引してきた錚々たる経営者たちが一堂に会した。

 その年は、支店設立120周年を祝う特別な行事として催された。入り口には大きな看板が掲げられ、祝賀ムードに包まれていた。

「目黒先輩、あそこに来てるA興産って、あのガソリンスタンド大手のA興産ですよね?誰か担当してましたっけ?」