『特攻隊は志願でなく、命令でおこなわれました。「志願者、一歩前へ」ということもありましたが、これは間接的命令にすぎません。このような形式だけの志願さえもなかったこともあります。一部隊が数度の戦闘で、残存6機となり、部隊として行動できなくなると、「残余は特攻隊」と命じたことです。再三の激戦で、ようやく生残ると、「特攻隊」です。
「ああ、おれも特攻隊にまわされたよ、“全員特攻隊”だ。ああ、もう一度でいい、内地を見たかったなあ」という恨みや嘆きの声を、野戦の浴場などで、再三、聞いたことがあります』
「ああ、おれも特攻隊にまわされたよ、“全員特攻隊”だ。ああ、もう一度でいい、内地を見たかったなあ」という恨みや嘆きの声を、野戦の浴場などで、再三、聞いたことがあります』
志願について、問題になるのは、その、うそである。当時の激烈な戦況下で、愛国の熱意に燃えて、志願した者があったのは当然である。しかし、全員が志願であったというのは、特攻隊を美化することになろう。元の上級指揮官は、特攻隊を美化することが、隊員の死に対して、むくいることだと思っているようだ。それとも、志願であったとして、命令した自分への非難を、まぬかれるつもりだろうか。
