「仕事がもらえないから辞めます」

 9月上旬。甲社では、入社3年以内の若手社員を対象に年2回、人事部長との個人面談を実施していた。BはD部長との面談の場で、退職届を提出した。D部長が理由を尋ねると、これまでの経緯を説明し、最後に言った。

「このままでは営業としてキャリアアップできません。入社して1年半になりますが、A課長が担当を持たせてくれないんです。だから辞めさせてください」

 夕方、別件で訪ねてきたE社労士にBの件を説明したD部長は、愚痴をこぼした。

「自分が総務に来てから20年がたつけど、『仕事をもらえないから辞める』なんて言われたのは初めてだよ。昔は“放っておかれるのが楽”って言う社員もいたのに、今は違うのか?」

 E社労士は腕組みをしながら答えた。

「うーん……。今の話だと、A課長の行為はパワハラの一種に該当するかもしれませんよ」

「パワハラだと!A課長はB君に何の危害も加えてないのに?」

「部長、『ホワイトハラスメント』って言葉、ご存じですか?」

「いや、初めて聞いた。どんな意味なの?」

<ホワイトハラスメント(ホワハラ)とは:上司と部下の関係の場合>
○ 上司が部下に対して「仕事の負荷をかけないようにとの気遣い」から、仕事などを与えないことをいう。

○ 部下が仕事面での成長を望んでいた場合、上記の行為がかえって部下に精神的な負担を与え、成長の機会を奪うことに繋がるとされる。

○ ホワハラは、パワーハラスメント(パワハラ)でいう「過小な要求」に該当する可能性がある。過小な要求とは、業務上の合理性なく能力や経験とはかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことをいう。

○ ホワハラの場合、ハラスメントの加害者となる上司には悪意がなく、むしろ部下思いのいい上司だと思われていることを期待している。

「その、ホワハラだっけ……。具体的にはどんなことが当てはまるの?」

<ホワハラの具体例>
○ 「この仕事は難しい、大変だから」と上司が勝手に判断し、わざと簡単な仕事を割り振ったり、本来担うべき業務のやり方を指導しない。

○ 部下に負担をかけたくないと思い、メンバーであってもミーティングに呼ばない。

○ 業務上必要な場合、部下が残業を断っているわけではないのに、上司から残業を断る。

○  「注意したら心が傷つくかも」と配慮し、ミスや遅刻をしても必要な注意、指摘をしない。