シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

ほとんどの新興国が先進国へと発展できない最大の理由とは?Photo: Adobe Stock

なぜ、ほとんどの新興国が発展できないのか?

「その新興国のかつての貧しそうな様子を覚えている」我々は、その後、ピカピカの高層ビル群や瀟洒な国際空港が整備された新興国の都市の様子を見て、衝撃を受ける。

 これは、日本や韓国や台湾が経験したのと同じように、高度成長に入る寸前だなと勘違いしてしまう。

 先述したように、

 経済成長=人口増加×資本×生産性向上(イノベーション)

 の式に当てはめると、ピカピカに見える都市インフラに象徴される新興国の初期の経済成長は、ほとんどが人口増加と外国資本の流入のおかげである。

 つまり、外資でインフラが整備され、人口増加が経済を膨らませている時期にあるだけだ。

 今後、先進諸国が経験した高度成長に突入し、中進国の罠を脱して、真に先進国入りするには、決定的に足りないものがある

 それが三番目の生産性向上(イノベーション)である。

イギリスで産業革命が起こった理由

 生産性向上が最も早く起こったのがイギリスの産業革命だ。

 イギリスは世界の歴史では辺境に過ぎなかった。ローマ帝国からもアラブ世界からも遠く、西欧が恩恵を受けた地中海貿易からも取り残され、大航海時代にもポルトガルやスペインから遅れて乗り出した。

 そのイギリスで産業革命が起こったのが面白い。度重なる王の失政に嫌気がさした貴族や富裕層が、王に対抗する勢力として台頭し、王の権力を制限したのである。

 そしてマグナ・カルタや名誉革命を経て「君臨すれども統治せず」がイギリスの王の典型となった。これは産業革命が起こる大切な準備期間であった。

 導入される技術を使って生産性向上を実現した商人や貴族が、その余剰生産分を王に取り上げられることなく、それを自分で保有できた。私有財産権が存在し、それを守る法執行機関もできていた。

 しかし、他の国では帝王や王が見事な統治体制を整え、その国にいるいかなるものからも、その余剰生産分を取り上げ私物化するので、誰も余剰生産をしようと思わなくなっていた。

 だから、生産性を向上させようという経済的インセンティブを持つ主体が出てこなかったのだ。

 私には、多くの新興国がイノベーションの恩恵を受ける段階には、未だに至っていない印象を受ける。

 新興国のリーダーたちと、その国の既得権益層とは密接に関係している。新興国リーダーと既得権益層が一体化して、富を独占しているのだ。

 したがって有能な若者たちは、まだイノベーションの恩恵を受ける段階にはない。

新興国が発展できない
負のスパイラル

 これを整理すると、以下のような流れになる。

・専制的リーダーと経済人が、自身の地位保全のためにイノベーション創発に不可欠な土壌づくりをしな
いで怠る
 ↓
・人口増加と海外援助や外資によるインフラ整備により、初期には経済発展するが、持続的な生産性向上
のインセンティブが社会にないので、やがて成長は勢いを失い、中進国の罠に陥る
 ↓
・多くの若者に雇用機会を作れない
 ↓
・多くの人が老いる前に豊かになれない
 ↓
・高齢化と人口減少が衰退を加速する
 ↓
・政治経済が混乱する
 ↓
・富裕層の国外脱出と資産逃避が始まる
 ↓
・資産凍結および没収などの暴挙へ
 ↓
・ますます混乱する……

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。