「結果を出す人」は、何を考えているのか? それを明らかにしたのが、プルデンシャル生命で伝説的な成績を残したビジネスアスリート・金沢景敏さんの最新刊『超☆アスリート思考』です。同書で金沢さんは、五輪柔道3連覇・野村忠宏さん、女子テニス元世界ランキング最高4位・伊達公子さん、元プロ野球選手・古田敦也さん、元女子バドミントン日本代表・潮田玲子さんほか多数のレジェンドアスリートへの取材を通して、パフォーマンスを最大化して、結果を出し続ける人に共通する「思考法」を抽出。「自分の弱さを認める」「前向きに内省する」「コントロールできないことは考えない」「やる気に頼らない」など、ビジネスパーソンもすぐに取り入れることができるように、噛み砕いて解説をしています。本連載では、同書を抜粋しながら、そのエッセンスをお伝えしてまいります。

「1万時間やれば誰でもプロになれる」は本当か?
「一生懸命働いていれば、いつか報われる」
仕事や勉強、日常生活でも、そう信じて努力を続けている人は多いでしょう。
僕もそうです。どんなに素晴らしい「結果」を残したトップアスリートも、苦しい「下積み時代」を過ごしていらっしゃるのですから、新しいチャレンジを始めるときには、「代価の前払い」が絶対不可欠だと思うからです。
ただ現実には、「頑張っているのに評価されない」「学んでいるのに成果が出ない」と感じている人も少なくありません。この違いはどこから生まれるのでしょうか?
この問いに、科学的に答えてくれるのが、心理学者アンダース・エリクソン博士が提唱した「限界的練習(Deliberate Practice)」という考え方です。
一時期話題になった「1万時間の法則」は、実はこのエリクソン博士の研究がもとになっています。しかし、よく見受けられたのが、「1万時間やれば誰でもプロになれる」という誤解です。エリクソン博士が本当に伝えたかったのは、「ただ時間をかければよいのではない。“質の高い練習”を積み重ねることが不可欠だ」ということなのです。
そもそも、“Deliberate”は、「意図的な」「計画的な」「熟慮された」といった意味をもつ言葉です。
つまり、“Deliberate Practice”とは、単なる「繰り返し練習」や「慣れた練習」ではなく、明確な目標設定のもとで、自らの課題に意識的に取り組み、「能力の限界」を押し広げることを目的とした練習という意味。おそらく、「能力の限界を押し広げる」という点を強調するために、「限界的練習」という日本語訳をしたのだと考えられます。
「1年以内に世界100位以内」という目標設定
では、「限界的練習」とはどういうことか?
エリクソン博士は、次の四つの条件を示しました。
1)明確で具体的な目標が設定されていること
2)常に集中して行うこと
3)質の高いフィードバックを得ること
4)現在の能力より少し上の課題に挑戦し続けること
「能力の限界」を押し広げるためには、これら四つの条件を満たすような練習をする必要があるというのですが、トップアスリートが実践されている練習を当てはめて考えると、この四つの条件にピタリと符号することがわかります。ここでは、プロデビュー当時の伊達公子さんのケースで確認してみましょう。
1)明確で具体的な目標が設定されていること
伊達さんは、当時のプライベートコーチに、「1年以内に世界ランキング100位を切らなければやめたほうがいい」と言われていたそうです。
なぜなら、グランドスラム(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープンの4大大会)の本戦出場権を獲得するためには、100位以内に入っているという条件を満たす必要があったからです。
だから、伊達さんは、その明確で具体的な目標を達成するためには、どの大会に出て、どれだけのポイントを取らなければならないかを逆算したうえで、とにかくがむしゃらに頑張りました。
そして、プロデビューから約10ヶ月後の1990年秋に世界ランキング100位以内に到達。その後、世界4位にまでのぼりつめるのです。
2)常に集中して行うこと
当時はまだ、日本女子テニス界は世界ではほとんど実績がなく、国際舞台での成功例もごく限られていましたから、わずか18歳だった伊達さんにとって、「1年以内に100位以内」という目標は、きわめて高いハードルでした。
だからこそ、伊達さんは「練習のための練習」を嫌い、常に「1年以内に100位以内」という目標達成に集中しながら、練習に取り組みました。「実戦」をイメージしながら、自分で自分に「絶対に失敗してはならない」とプレッシャーをかけ続けたのです。
それは、「『1年以内に100位を切らなければやめたほうがいい』という言葉があったから、気持ちが引き締まったと思う。プロになることに反対していた両親に、何より自分自身に対して、『プロとしてやれる』ことを証明したかったし、コーチが与えてくれる課題をやり遂げたい一心だった」と、当時を振り返る伊達さんの言葉からも明らかだと思います。
「能力」を少し超える課題に挑戦し続ける
3)質の高いフィードバックを得ること
当時、伊達さんにはプライベートコーチがついており、伊達さんの練習や試合の様子を常にチェックし、質の高いフィードバックをしてくれる環境下にありましたが、それに加えて、伊達さんご本人が、自分自身に対して厳しいフィードバックを行っておられました。
驚くべきことですが、伊達さんの脳内には、試合中のすべてのプレーが鮮明な映像として流れ続け、それを見つめながら、「なぜ、あのようなプレイをしたのか?」「何が悪かったのか?」「何が足りないのか?」などと延々と自問自答。そのプロセスにおいて、多くの気づきを得ておられたのです。
4)現在の能力より少し上の課題に挑戦し続けること
プロデビューをしてからの伊達さんは、ほぼ全試合において、自分より「格上」の選手と対戦する日々を送りました。しかも、海外の選手は体格・パワーともに伊達さんを圧倒的に凌駕。「まともに戦ってもどうにもならない」ことを、思い知らされる毎日だったと言います。
そして、「自分より強い相手に勝つ」ために、「現在の能力を少しでも超えること」にチャレンジし続ける必要に迫られていました。その緊張感のはりつめたプロセスのなかで生み出されたのが、世界の強豪選手を驚かせた「ライジングショット」という技術なのです。
「ちょっとしんどい状態」だから、人間は成長できる
いかがでしょうか?
エリクソン博士が提唱する「限界的練習」の四つの条件について、イメージが湧いてきたでしょうか。
誤解していただきたくないのは、これは伊達公子さんのようなトップアスリートにだけ当てはまるわけではないということです。以下のように、この四つの条件を意識することで、僕たちビジネスパーソンも「能力の限界」を押し広げることができるのです。
1)明確で具体的な目標が設定されていること
「営業成績を向上させたい」というぼんやりした希望をもつのではなく、たとえば「年間1億円の売上をめざす」という目標を設定したうえで、そこから逆算して「毎月5件の成約をめざす」「毎週25人のお客様と商談をする」「アポ取りのために、毎日50件の電話をする」といった行動や成果がはっきりした目標に落とし込みます。
2)常に集中して行うこと
あまりにも高すぎる目標を掲げると、オーバーストレッチとなってしまいますが、頑張ればギリギリ達成できそうな目標を掲げることで、高い集中力を維持しやすくなります。そのためには、会社員であれば、経験値のある上司などと相談しながら、適切な目標設定をするといいかもしれません。
あるいは、自分で設定した高い目標をあえて「宣言」することで、自らに「強制力」を働かせることによって、集中力を高めていくといった方法も効果的といえるでしょう。
3)質の高いフィードバックを得ること
同僚や上司、顧客からの意見、自分の行動の振り返り、成果の分析などを通じて、自分の改善点を把握する「仕組み」を作ることが重要。常に質の高いフィードバックがなされる環境に身を置くことによって、自分の行動を修正し続けることができるようになります。
4)現在の能力より少し上の課題に挑戦し続けること
高い目標を達成するためには、「今の自分ができている仕事」よりも、一段高いレベルの仕事に挑戦し続けなければなりません。言い方を換えると、「気持ちよく仕事をしている状態」=「コンフォートゾーン」にとどまっていてはいけないということ。自分の限界を少しだけ超える負荷をかけることで、「ちょっとしんどい状態」で働いているくらいがちょうどいいのです。
このように、「限界的練習」は、誰にでも活用できる考え方です。
むしろ、「今うまくいっていない」と感じている人ほど、「努力の質」を見直すことで大きな変化を実感できる可能性があります。「一生懸命やっているのに、評価されない」「学んでいるのに、スキルが身につかない」と感じたときこそ、自分にこう問いかけてみてください。
――自分の努力は、成長につながる設計になっているだろうか?
答えが「YES」でなければ、そこにこそ成長のヒントがあります。「限界的練習」の視点をもつこと。それが、僕たちの毎日の努力を「実力」に変える第一歩となるのです。
(この記事は、『超⭐︎アスリート思考』の一部を抜粋・編集したものです)
AthReebo株式会社代表取締役、元プルデンシャル生命保険株式会社トップ営業マン
1979年大阪府出身。京都大学でアメリカンフットボール部で活躍し、卒業後はTBSに入社。世界陸上やオリンピック中継、格闘技中継などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。しかし、テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じ、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命に転職した。
プルデンシャル生命保険に転職後、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRTの6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、AthReebo(アスリーボ)株式会社を起業。レジェンドアスリートと共に未来のアスリートを応援する社会貢献プロジェクト AthTAG(アスタッグ)を稼働。世界を目指すアスリートに活動応援費を届けるAthTAG GENKIDAMA AWARDも主催。2024年度は活動応援費総額1000万円を世界に挑むアスリートに届けている。著書に、『超★営業思考』『影響力の魔法』(ともにダイヤモンド社)がある。