こうしたコミュニケーション手段も「抽象=具体」という意味で一種の言語とするならば、高度に発達した人間の言語とはかなり違うにしても、チンパンジーを含む多くの脊椎(せきつい)動物や、岡ノ谷一夫(編集部注/動物行動学者)さんのグループが解明したようにある種の鳥類や群れで行動するものたちは言語を持っていると言えます。
群れで行動するなら、このように仲間同士でコミュニケーションする必要があります。
人間だけが
「心」を持っている理由
心の創発の始まりは周囲とのコミュニケーションです。ならば群れで行動するものたちに心らしきものが生まれてもおかしくはないはずです。彼らには彼らなりの“心”があるでしょう。
それでもなお人間だけが特別に心と呼べるものを持っているように見える。いったいなぜなのでしょうか。
人間の脳だけが心を持つほどに進化した。その理由としてひとつ考えられるのは、ほかの動物に比べて、人間は「身体に占める脳の割合」が格段に大きいために、「相転移」という物理現象が起こったことです。
相転移とは、物質を構成する要素の数や物質の温度や圧力が臨界点を超えることによって、その物質の性質や状態が変わることです。
たとえば「鉄」という物質は強磁性体です。鉄の原子には「スピン」(角運動量)と呼ばれる状態があり、これはまるで小さな磁石がクルクル回るような状態のことを言います。
このスピンがある程度同じ方向にそろっていることで、鉄は磁化し磁石のような磁性を帯びているのです。これが強磁性体の状態です。
外部から磁場をかけると、スピンの方向がさらにそろってより強い磁性を持つようになります。ただし、鉄自体は普通の状態では永久磁石ではありません。
ところが、この鉄を一定以上の温度まで加熱すると、そろっていたスピンの方向をバラバラにする熱の効果の方が強くなり、磁化の程度が非常に弱い常磁性体になります。
こういう現象(鉄の場合は、臨界温度を超えたときに強磁性が常磁性に変化すること)を、物質の「相」が「転移」する、すなわち「相転移」と呼ぶのです。







