一同が下元の首にしがみついて、おお、兄弟だ、兄弟だとわめく。宇野兵長が水筒に水を入れて持って来た。
「これが兄弟のしるしの水だ。みんな一口ずつ分けて飲もう」
宇野が一口飲んで長島に渡した。長島が飲んで次におれが飲んだ。植松、川上と一口ずつ飲んで、金上等兵の番になった。金は川上から手渡された水筒を、そっと床の上に置いた。
「金、早く飲んで久米に渡せ」
川上が言った。しかし金は、さびしげにうつむいて首を横にふった。
「おい、貴様、この水を飲むのがいやなのか!」
「おれたちと兄弟になるのがいやなのか!」
金ははらりと涙をこぼした。
「みなさんは日本人です。わたしは、志願兵制度ができて軍隊へはいった朝鮮人です。わたしは朝鮮で生まれ、大阪で育ちました。わたしの親爺は古物商をしていました。わたしは小学校へはいる前から、となり近所の子どもに朝鮮人、朝鮮人とばかにされました。学校でも日本人からいじめられ、差別されました。志願して軍隊にはいってのちも、あれは朝鮮人だという目で見られて、冷たいとり扱いを受けました。わたしだけではありません。朝鮮人はみんな日本人から軽べつされ、差別をされて来たのです。いまここで日本人のみなさんと兄弟の誓いを交わしてあの世へ行くのですが、あの世へ行ってもやっぱり日本人と朝鮮人のちがいがあるのでしょうか――」
金上等兵の口から、ぽつりぽつりともれ出る言葉に、一同の者はじっとうなだれた。
「朝鮮人も日本人も同じ兄弟だ」
絞首台を前にして至った境地
深い沈黙ののち、下元兵長がわあっと声を上げて泣き出した。
「金よ、許してくれ。その通りだ。貴様のいう通りだ。日本人は朝鮮人を差別して来た。おれだってその1人だ。長い間すまなかった。許してくれ。おれたちが間違っていたのだ。おれは死ぬまぎわになって、日本人としてはずかしい。金上等兵、おれは1億の日本人を代表しておわびを言う。金上等兵、この通りだ、聞いてくれ!」
下元兵長は、ぴったりと金の前に手をついた。みんな泣きわめいた。







