「あの世へ行って平和の世界を作るのに、日本人も朝鮮人もあるものか。イギリスもアメリカも、人間はみんな兄弟なんだ。金よ、どうぞ日本人の悪かったことは許してくれ。そうしてこの水を飲んでくれ」
金もすすり上げ、すすり上げ、水筒をつかんで、ごくりと一口飲んだ。何か言いながら手をふったが、おいおいいう泣き声に消されて分らない。
3時10分。呼び出しが来た。
4時30分。すでに5人の刑が終わった。朝もやの中に絞首台が黒く見えている。朝鮮生まれの金上等兵が呼ばれた。彼は歩調をとって歩いて行った。上がり口の壁の中へ姿を消すとき、ふり向いておれの方へ手をふった。金は白い歯を見せて笑った。こつ、こつと階段を上がる音がして、やがて「バンザイ」の声が聞えた。バターンと板の落ちる音が響き渡った。さあ、おれの死ぬ時はすぐ目の前だ。
『父の戦記』(週刊朝日編、朝日新聞出版)
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手記はここで終わっている。
私は復員の船中で思い続けた。
マレーの一角に戦犯として死んでいった日本兵たちが、死を前にして到達した「朝鮮人も日本人も同じ兄弟だ」という心境こそ、今後の日本人みんなの心でなくてはならないと。
あれから20年、日本と日本国民は、果してこの戦犯と同じ心で過ごして来たといえるだろうか。この心こそは、幾百万の同胞を犠牲にしてあの悲惨な太平洋戦争を戦ったわれわれが、子孫に残す唯一の戦利品なのである。
※本記事には、今日の人権意識に照らして不適切と思われる言葉がありますが、内容の持つ時代背景を考慮し、そのままといたしました。







