チームが疲れているように見える……。みんな一生懸命に働いているし、能力が足りないわけでもない。わかりやすいパワハラがあるわけでもなければ、業務負荷が過剰になっているわけでもない。だけど、チームは疲弊するばかりで、思ったような成果を出せずにいる……。なぜだろう? そんな悩みを抱えているリーダーが数多くいらっしゃいます。
その原因は、心理的リソースの消耗かもしれません。心理的リソースとは、「面倒くさいけど、やるぞ!」と奮起する心のエネルギーのこと。メンバーの心理的リソースを無意識的に消耗させていると、徐々に活力が削がれ、場合によっては崩壊へと向かっていきます。そのような事態を招かないためには、チームの心理的リソースを活用していくマネジメント力を身につける必要があります。
櫻本真理さんの初著作『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』では、そのための知識とノウハウをふんだんに盛り込んでいます。本連載では、その内容を抜粋しながら紹介してまいります。

部下が自然と「やる気」になるリーダーが、さりげなくやっていること・ベスト1写真はイメージです Photo: Adobe Stock

心理的リソースが生まれる背景には、「願い」が存在している

 私たちは、日々、目の前のタスクを処理するために心理的リソースを消費しています。そして、しっかりと休養をとることによって心理的リソースを回復させるというサイクルを延々と繰り返しています。それが、私たちの人生と言ってもいいでしょう。

 ただ、そうした日々の営みを超えて、人生そのものを突き動かすような「心のエネルギー」が湧き出てくることもあります。みなさんも経験があるはずです。どうしても実現したい目標が見つかったとき、ずっとやりたかった仕事に就けるときなど、心の底から「やるぞ!」というエネルギーが湧き出てくるのを感じたことが。そのような日々の生活の原動力となるようなエネルギーもまた、心理的リソースなのです。

 では、その心理的リソースはどのように生まれてくるのでしょうか。その根本的な要因をたどると、そこには、人それぞれがもっている「願い」があります。

「いい仕事がしたい」「結果を出したい」「出世したい」「周囲に認められたい」「家族も大切にしたい」「自分の時間も大切にしたい」……私たちは誰しも、このような「願い」を抱きながら職場で働いています。そして、これらの「願い」が叶ったとき、あるいは叶いそうだと思えるとき、心理的リソースは生まれるのです。

トップ営業マンが転職を決意した理由

 エピソードをもとにご説明しましょう。これは、大手メーカーの企画部門で活躍している友人・近藤さんの話です。彼は、学生時代から「メーカーで商品開発をする」のが夢でした。そこで、メーカー各社の入社試験を受け、「企画部門で新しいサービスを生み出したい」と熱意をもってアピールして回りました。

 そして、なんとか中堅メーカーの内定を勝ち取ったのですが、残念ながら、最初の配属は営業部でした。企画部門に配属された同期を横目に、「なぜ、自分は営業部なのか」と落胆。入社するまで大きく膨らんでいた期待は、一瞬で萎んでしまいました。

 そんな彼を励まそうと、上司はこう諭しました。「まずは営業で実績をつくろう。結果を出せば、企画部門への道も開けるはずだ」

 この言葉を聞いた彼のなかには、再び火が灯りました。「営業で成果を出せば夢に近づける」と信じることで、意欲を回復させることができたのです。

 そこから彼は必死に営業に取り組みました。慣れない仕事に戸惑いながらも、顧客の声を聞き、先輩に学び、提案を工夫する。1年目は苦労の連続でしたが、少しずつ成果が出始め、2年目には安定した成績を残せるようになりました。

 そんなある日、上司からこう言われます。「部内でトップの成績を出したら、企画部門に異動を掛け合うよ」
 その瞬間、彼のモチベーションは大きく高まります。「営業部トップになれば必ず道が開ける」と確信し、さらに意欲的に仕事に打ち込むようになったのです。

 そして迎えた5年目。彼はついに部内トップの営業成績を達成しました。長い努力が報われる瞬間です。「これで夢が叶う」と、期待に胸が大きく膨らみました。

 しかし、現実は違いました。

 企画部門への異動は実現せず、営業部に残留。上司への不信感を募らせた彼は、社内で情報収集をした結果、実は、上司は「彼を異動させれば自分のチームの数字が落ちる」と恐れ、裏で異動を阻止していたことがわかったのです。

 彼は愕然としました。そして、希望が叶わなかった落胆に、上司への怒りが加わり、彼は営業部で働く意欲を失ってしまいました。

 結局、彼は、「このままでは、いつまで経っても夢は実現しない」と確信。最終的には、「企画部門で採用してくれる会社に転職しよう」という新たな「願い」を胸に、転職活動を始めるに至ったのです。

「願いは叶う」と信じられると、心理的リソースが生まれる

 いかがでしょうか?

 この間、近藤さんの心理的リソースを生み出してきたのは、一貫して「企画部門で働きたい」という「願い」だったことは明らかでしょう。

 この「願い」があったからこそ、彼は就活を頑張り、営業部で努力し、転職活動をしようと決断したのです。

 ただし、ただ単に「願い」をもっているだけで、心理的リソースが生み出されるわけではありません。重要なのは、「努力をすれば、その願いは叶う」と信じられることです。

 実際、近藤さんは、入社後に営業部への配属が決まり、「願い」が叶わなかったことを知ったとき、心理的リソースを一瞬で失いましたが、上司が「営業部で結果を出せば、企画部門への道も開けるはずだ」と励ましたことで、近藤さんは「努力をすれば、願いは叶う」と信じることができた。そのとき、心理的リソースは一気に回復したのです。

 逆に、「どんなに努力しても、願いは叶わない」と確信したら、もうその「願い」から心理的リソースが生み出されることはありません。

 実際、近藤さんは、営業部トップの成績を収めたのに企画部門への異動が叶わなかったとき、「営業部で頑張る」という意欲を完全に失ってしまいました

 その最大の要因は、上司の裏切りにありました。彼は、上司の言葉を信じることによって心理的リソースを生み出してきたのですから、その上司を信じることができなくなったら万事休す。この会社では「どんなに努力しても、願いは叶わない」と確信するほかありませんでした。だからこそ、彼は、「転職」することで「願い」を叶えようと考えるに至ったのです。

 このように、人が「願い」をもち、それが叶うと信じられているときには心理的リソースが生まれ、「その願いが叶わない」と確信した瞬間に、心理的リソースは消え去ってしまうのです。

メンバーの「願い」を叶えようとすることが大切

 だから、メンバーの心理的リソースを増やすためには、リーダーは彼らの「願い」を知ることから始める必要があります。

 言うまでもありませんが、メンバーがもっている「願い」は一人ひとり異なります。同じ営業部であっても、先ほどの近藤さんのように「営業部で結果を出して、企画部門に異動したい」という「願い」をもっている人もいれば、「トップ営業マンになって、この会社で出世したい」という「願い」をもっている人もいるでしょう。

 あるいは、「売上数字だけを追求するのではなく、顧客に喜ばれる仕事がしたい」という「願い」をもっている人もいるかもしれないし、「売上には貢献したいが、家庭を犠牲にする働き方はしたくない」という「願い」をもっている人もいるかもしれません。

「願い」は人それぞれであって、会社・チームに貢献するという前提さえ守られていれば、そこに優劣はありません。

 リーダーにとって大切なのは、それぞれのメンバーが心の底から求めている「本当の願い」を知ることであり、その「願い」が叶うようにメンバーをサポートすることです。なぜなら、「努力すれば、願いが叶う」と信じることができたときに、メンバーは心理的リソースを増やしてくれるからです。

「この会社で出世したい」と思っているメンバーには、社内のキーパーソンとのコネクションをつくるきっかけを与えるといいかもしれないし、「家庭を犠牲にしたくない」と思っているメンバーの場合には、業務を効率化するサポートをしてあげられるといいかもしれません。

 もちろん、メンバーのすべての願いを叶えることはできませんが、メンバーの「願い」を尊重する姿勢を見せることが大切です。その姿勢を感じ取ってくれるだけでも、「自分を尊重してもらいたい」という誰もがもつ根源的な「願い」は叶えられ、メンバーの心理的リソースは回復するはずです。そして、自分の「願い」を叶えようとしてくれるリーダーに対して、「信頼」が生まれるのです。

 もちろん、その逆もあります。近藤さんの上司のように、メンバーの願いを蔑ろにするようなことをしたら、メンバーからの信頼は失われることになります。そうなれば、近藤さんが転職を決意したように、信頼を取り戻すのは難しくなるでしょう。

 メンバーの力を引き出すためには、まず何よりも一人ひとりの「願い」を知ることが大切です。そして、メンバーの心の底からの「願い」に誠実に向き合うことこそが、リーダーとしての仕事をするうえでの大前提となるのです。

(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。