15歳の少年が見た光景は、今、聞いても衝撃的な内容である。
敵の爆撃機B-29と
「屠龍」が絡まるように墜落
この、「矢のように突っ込んでいった日本の戦闘機」が、野辺軍曹が前席で操縦していた「屠龍」である(後部座席には高木兵長が搭乗)。
体当たりの直撃を受けたB-29は加藤の目の前で錐揉み状態となって落下。その間近で飛行していたB-29も、体当たりで空中爆発したB-29の破片で機体を破壊され、その衝撃で「フワフワ」と墜落していったのだ。
加藤の手記はこう続く。
《北九州の空襲には戦闘機や爆撃機が十数回飛来しましたが、この「フラフラ」(ママ)と遊泳したB29が、戦争中で一番恐ろしい思い出となっています》
6月から度々続いたB-29による八幡空襲を加藤はすべて体験し、目撃していたが、この日見た「屠龍」の体当たりは、加藤にとって、70年以上経っても忘れることのできない最も衝撃的な体験だったことが分かる。
体当たりを目の当たりにした加藤少年は、急いで、その墜落現場へと向かった。
《現在の瀬板貯水池(八幡西区)の堰堤の下辺りに、B29と日本の戦闘機が絡まって落ちていました。空中で燃え尽きたのか大きな飛行機なのに小さく見えました。また、近くに、B29のエンジン1つが大きな2階屋の民家を潰していました》
体当たりした「屠龍」と体当たりされたB-29の機体が絡まって墜落していた……という描写は生々しく、その壮絶な光景が臨場感をもって目の前に迫ってくるようである。
自らの命と引き換えに
北九州を守った搭乗員に感謝
さらに、加藤のこの戦時中の記憶は、戦後の記憶へと続いていく。
《戦後間もない頃、戦死した6人のアメリカ兵の埋葬地に、アメリカ軍の埋葬処理兵と思える兵隊さんが来ました。永犬丸にいる復員兵を警察が集め、死体処理を手伝わされたと、地元の方から聞きました》
B-29の搭乗員も命を懸けて八幡空襲に出撃していたのだ。
戦後、米軍は、北九州の地で戦死した彼らの遺体を探し出し、正式に埋葬するため、米兵を「屠龍」の体当たりのあった地点へと向かわせていたことが分かる。







