渥美清のアドリブにいちいち注意
「本当に疲れた」

黒柳 それじゃあ、しっかり一緒に撮影をしたのは映画がはじめてだったんですね。

山田 ええ、だけど……。渥美さんはどうしても『馬鹿まるだし』の時と同じように、ひとつ余分な芝居をするんです。「その芝居いらない。やめてください」としょっちゅう言わなくてはいけなくて、本当に疲れた。

黒柳 たしかにそういうお芝居をしていた気もします。

山田 そうでしょう。だけどね、これが本当に驚くべきことなんですが、第1作だけだったんです。僕が渥美さんの過剰な演技に関して、苦労したというのは。

 第1作は大騒ぎの果てに寅次郎の妹のさくらが、裏の印刷所の工員の博と結婚を決心する。博を追って飛び出したさくらが団子屋に帰ってくるんですね。そして息を弾ませながら、まっすぐ寅のところに来て「お兄ちゃん、私、博さんと結婚する。いいでしょう」と言う。

黒柳 はい。

撮影後、渥美清の「無駄な芝居」が
どうしても気になる…

山田 寅はそこで頷うなずくんだけども、その頷きには戸惑いがあるんですね。どういう戸惑いかと言えば、一つには、でたらめなことばかりしているいい加減な兄貴のじぶんに、この賢い妹が許可を求めるということ。そんなことしなくていいはずなのに、妹が自分のことを兄さんとして立ててくれていることへの戸惑いですね。

黒柳 はい。

山田 もう一つは、自分の妹が何かキラキラと輝いてる、幸福にね。「結婚するわ」という、そのキラキラと輝くような妹の幸福な表情を見ることの戸惑い。だからこそ、寅次郎にはしばらくぼんやり妹の顔を見ていてほしい。その間がどうしても欲しかったんですね。

黒柳 うん、うん。

山田 でもね、渥美さんはそれができなかった。あっち向いたり、あれこれ動いたり、無駄な芝居で間を埋めてしまう。撮影現場では、僕はまあいいかと思って、結局はOKにしたんです。

 しかし、それからシーンを全部繫いで、オールラッシュというものを試写室でした時に……やっぱり、そのシーンが気になる。しばらくじっとして5秒ぐらい間を置いてから、うんと頷いてほしい。だけど、撮影はもう終わっている。

黒柳 どうしたんですか?