てっきり元自衛官だと思っていたがヤクザとは!いや、ヤクザというよりテロリストではないか。ジョージア部隊は彼の過去を知って入隊を許可したのだろうか?聞いただけで胸焼けしそうな義勇兵が取材なんて受けてくれるのだろうか?たとえ実現しても、元・反社会勢力の義勇兵の密着取材などテレビ局が扱ってくれるのか?様々な疑問が頭をよぎる。

 第二次世界大戦時の満州を舞台にした『兵隊やくざ』という勝新太郎主演の名作シリーズをこよなく愛する私。現代の「兵隊ヤクザ」への好奇心は抑えることができない。こうして私は3度目のウクライナ取材に向かったのだった。

宿舎は極寒の
元アイスホッケー場

 早朝、雪が降るキーウのバスターミナルに着いた。バスを降りると肌を刺すような寒さに身震いする。バスターミナルに三菱パジェロに乗ったリシェットと愛犬のドーベルマンが登場した。再会を喜び、荷物を荷台に押し込めて市内にあるジョージア部隊の基地へと向かった。

 前年5月、この基地を訪問した時は穏やかな春の気候の中で、ジョージア人やアメリカ人教官がキーウ市民からなる領土防衛隊へ軍事訓練や格闘技を教えていたが、今は建物とグラウンドが雪で覆われている。基地のゲート前に着くと、迷彩服を着た東洋人が出迎えてくれた。

「はじめまして!はるばる日本からようこそ。ハルさんと呼んでください」

 屈強な強面を想像していたので、優しそうな目をした穏やかな好漢の出迎えに拍子抜けした。機敏な動きは今年50歳になるとは思えない。

 飲み物が凍る過酷な環境下でインタビューは始まった。

組長の子に
生まれた苦悩

 大阪で生まれたハルさんは四国の小学校を卒業後に静岡の中学校へと進むが、“不良”の道へ足を踏み入れてしまい14歳の時に少年院に入る。

 15歳で出所後、街をブラブラしている時に暴力団と関わりを持つようになり、16歳で極道の世界に入った。

「父親が暴力団の組長をやっていて刑務所に出たり入ったりしてました。そのこともあり周囲からイジメというか差別を受けていて僕も寂しかったから、同じような境遇の子たちと遊ぶようになり、流れるままに極道の道に進んでしまいました」