この主張は、「IQの遺伝率が児童期には41%だったのが、成人期の初めには66%に増える」ことを示したデータにもとづくものだ。IQの遺伝率が年齢とともに増えるのなら、その影響も歳を取るごとに強くなるはず。それなら、10歳を過ぎてから環境を整えても効果は低いだろう、という考え方だ。

 なんとなく説得力を感じる主張だが、しかし実際には、遺伝率の数字を使って教育の費用対効果を判断することはできない。なぜなら、IQの遺伝率が年齢とともに増えるのは、「遺伝の影響が強くなるから」ではなく、「大人になると環境の影響が少なくなるため、遺伝の影響が大きく見える」だけだからだ。

年齢が進むと遺伝の影響が
大きく見えてくるのはなぜか?

 簡単に説明しよう。第一に、ほとんどの人は、子供のころに勉強する環境を自分で選ぶことができない。どのような学校に通うかは親が決めるものだし、家にどんな本があるかは家庭の経済力に影響されるし、どんな友だちと遊ぶかは住む地域に左右される。

 いずれも自分の力ではどうにもできない要因であり、この時期の知能の発達は「自分がどのような環境に置かれたか」に左右されやすい。それゆえに、遺伝の影響は相対的に小さく見える。

 しかし、年齢が進むごとに多くの子供は親から自立し、私たちは自分の性格や好みに合った人間関係やライフスタイルを、自分の意志で選べるようになる。内向的な人は静かな職場や図書館を好み、外向的な人は人と接する機会の多い環境を選び、几帳面な人は整理された生活スタイルを自然と作り上げるだろう。つまり、自分の遺伝に適した環境を自分で整えていくようになるわけだ。結果、遺伝の影響は相対的に大きく見える。

 ここで重要なのは、成長するにつれて遺伝の“絶対的な”影響力が増したわけではないところだ。あくまで相対的に遺伝率が上がったように見えただけで、環境によって能力が大きく変わり得る点は変わらないし、努力が意味をなさなくなるわけでもない。年齢とともに選択の自由度が増すのだから、むしろ「自分に適した環境を作る努力」がますます重要になっていくとも言える。