世界的なベストセラー『嫌われる勇気』の著者である古賀史健氏の新刊、『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』が発売され、早くも大きな反響を呼んでいます。自著としては「最初で最後のビジネス書かもしれない」という思いで書かれた同書のきっかけとなったのは、2025年に社会に大きな衝撃を与えた「フジテレビ事件」でした。
その「第三者委員会調査報告書」をベースに、事件のあらましを振り返る序章の一部を公開します。
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女性Aの入院
一週間の休務を経て、女性Aの症状は改善したか。
残念ながらそうではなかった。管理職でもある佐々木アナのもとには、同僚アナウンサーから「彼女の手が震えている」「歩くとき、足元がふらついている」と心配する声が寄せられるようになる。それでも佐々木アナは、C医師に相談しながら「これまでどおりに仕事を続けたい」という女性Aの意志を尊重し、見守ることとした。
しかし、業務復帰からおよそ3週間が経った7月10日ごろ、女性Aの心身に限界が訪れる。
自ら健康相談室を訪ねた彼女は、C医師とD医師に対して、心身の不調を訴えた。内容としては、食事が摂れないこと、ふらふらしていること、仕事中にも手が震えること、力が入らないこと、眠れないこと、食べものの匂いを嗅いだだけで拒絶感があること、当日に中居氏のマンションで食べた食材を見たくも食べたくもないし、思い出したくもないこと、身体に痛みがあること、などだ。
なにより彼女は食欲不振の程度が激しく、見た目にもかなり痩せていた。そのためC医師とD医師は即入院が必要な状態だと判断し、彼女に心身の「限界」が来ていることを伝え、都内の病院に入院させる手筈を整えた。
まずは、ベッドに空きのあった消化器内科に入院させる。そして体力の回復を図りながら精神科医による併診をおこない、精神科のベッドに空きが出た時点で転科させる。そうした治療方針がここで決められた。
同時にC医師は、アナウンス室のE室長と佐々木アナに連絡をとった。慌てて駆けつけた佐々木アナは、女性Aに対して「少し休もう。仕事を休んでも、まわりに迷惑をかけているなんて思う必要はまったくない。私たち、ずっと待ってるから」と語りかけた。
さて、こうした産業医経由の入院措置にあたっては、一般的な転院と同様、担当医による紹介状(紹介・診察情報提供書)の提出が必要になる。今回、その紹介状では傷病名の欄に「うつ状態、食思不振」と記載され、「仕事関係者からのハラスメントによる」と付記された。
※食思不振:食べものを摂取したいという生理的な欲求が低下、あるいは消失した状態
そして翌日、女性Aは都内病院の消化器内科に入院した。
なお、ここまでのアナウンス室・産業医による初期対応について第三者委員会は、「女性Aの心身の状況を考慮し、業務遂行及び情報共有範囲について当面の希望を確認しながら、連携して医療的支援、心理的支援を行った」とし、「女性Aのプライバシー保護と心身のケアを最優先として適切に対応を進めた」ものだと高く評価している。
経営幹部への報告の要請
ここまで、女性Aが中居氏から受けた性暴力被害については、①アナウンス室のE室長、②佐々木アナ、③C医師、④D医師、の4人だけの知るところだった。これは女性Aの「誰にも知られたくない」という希望に沿ったものであり、両医師の助言を踏まえたものである。6月に女性Aが休務した際にも、周囲には「体調不良」とだけ伝えられていた。
しかし、彼女が入院するに至り、また入院による休務が長期化することが予想されるなか、佐々木アナは経営幹部への報告が必要だと考えるようになる。理由がはっきりしないまま入院したり、長期にわたる休務が続けば、社内であらぬ憶測を呼び、誤った(しかも女性Aに不利な)噂が広まっていくと危惧したためだ。
そこで7月12日、佐々木アナはE室長にメールを入れ、経営幹部への報告を要請する。これに対してE室長は、
①編成制作担当の取締役である大多亮専務
②編成制作局長であるG氏
③人事局長であるH氏
の3人に対して本事案を報告する予定だ、と返信した。
また、これにあわせてE室長は、今後女性Aとの連絡窓口を佐々木アナに一本化したい旨を伝える。いったいなぜか。佐々木アナと女性Aが同性だからか。「ケア」は女性の仕事だと思っていたのか。あるいは女性Aとのコミュニケーションにおいて余計な「地雷」を踏みたくなかったのか。
この指示に関して調査報告書は、次のように書き添えている。
女性Aが中居氏から性暴力被害を受けて1カ月あまり。おそらくこの日を境にして、本事案へのフジテレビの対応に、微妙な狂いが生じはじめる。
※この記事は『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』の一部を抜粋・変更したものです。








