自分がプレーをしていたときは、うまくなりたいとか、試合に出たいとか、目の前のことにとらわれてしまい、どうしても自分のことに目が向きがちでした。しかし、コーチの立場になってみると、全体を俯瞰的に見る必要があることに気付いたのです。

 野球の見方や考え方が文字どおり180度変わった瞬間でした。

 選手を指導する立場になって初めて、伝えることの難しさにも気付きました。自分が知っていること、できることを伝えようと思っても、なかなかそれが伝わりません。

 それを繰り返しているうちに知っているつもり、できるつもりでいたことも、実は自分の理解がまだまだ浅いのかもしれないと思うようになりました。

他人に教える作業は
自分を成長させるのとイコール

「教えることが最大の学び」とよく言いますが、自分の中で自己完結していたことを他者に伝える難しさ、大切さに気付いたのは学生コーチとして過ごしたこの4年間でのことでした。

 上田監督が、多くのことを任せてくれたことも、後に続く学生コーチの存在感や重要度を高めた要因だと思います。

 私自身、練習方法の考案、選択や、メンバー選びなど、本来なら経験できないことを任されたことで、権限と責任について、信頼されることの大切さなどさまざまなことを学ぶことができました。

 学生コーチの役割や仕事というと、ノックの補助タイムキーパー、選手の練習のサポート役が思い浮かぶかもしれませんが、慶應義塾高校野球部の学生コーチは、かなりの裁量を与えられ、その中で試行錯誤していくのが今も変わらない伝統です。

 学生コーチである自分に何ができるのか。日々考える4年間は、現役でプレーしているときには見えなかった野球の面白さを再発見する日々でもあり、この経験を機に、野球が一段と面白くなっていきました。

部員100人をサポートするには
学生コーチの存在なくしてありえない

 私の経験から、慶應義塾高校野球部の学生コーチの概要についてお話ししましたが、現在の野球部は、彼らの存在なしに成り立ちません。

 部の運営では、部員1人ひとりと向き合い、しっかり観察することが大切です。

 私もそうあるように努力をしていますが、100人超の部員を1人で分け隔てなく平等に見られているのかと問われれば、それは難しいと答えざるを得ません。選手1人ひとりにしっかり目を向け、見続けることを諦めませんが、物理的な限界はあります。