球児写真はイメージです Photo:PIXTA

2023年、夏の甲子園で優勝した慶應高校野球部で監督を務める森林貴彦氏は、自身について「いい指導者ではない」と語る。自身の采配によって部員の未来を潰しかけた過去は、彼の指導方法に大きな影響を与えているという。※本稿は、加藤弘士氏『慶應高校野球部――「まかせる力」が人を育てる――』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

人生の選択肢を狭めてしまう
「勝利至上主義」の弊害

 高校野球における「勝利至上主義」の弊害の1つに、指導者が生徒たちにひたすら野球の練習を課し、学業を疎かにさせてしまうというものがある。

 たしかに有望選手にとって、野球は単なる部活動ではない。自らの人生を切り拓く大切な手段だ。プロ野球のドラフト会議で指名を受ける選手はほんの一握りだが、本人の実力と結果次第では名門大学への進学や、野球部を有する一流企業への就職が可能になる。ならば学業面には目を瞑り、最大2年5カ月の高校野球生活をできるだけ全うさせてあげようという考えも理解できなくはない。

 しかし、森林貴彦はそんな思考に真っ向から反論する。

「日本人はたしかに一意専心、脇目も振らずにその道だけやっています、というのが好きですよね。でもある程度の年齢以上になって、自分で理解した上で一つに絞るならいいですけど、高校生に対して『お前は野球だけやっていればいいんだ』というのは乱暴だと思います。将来、野球で食っていける可能性は高くないし、プロになれたとしても、30代まで。残り50年間生きていくわけですから。若い人の人生の選択肢を狭めるのはとても怖いことです。本当は他にも能力があるかもしれないのに、指導者から言われて本人もそう思い込んで、可能性を捨てちゃうことって絶対にありますから」

 未来についてまだイメージできていない高校生にとって、周囲にいる数少ない大人である指導者の言葉は、重い。それをどこまで自覚した上で「指導」できるか。

一生懸命さがマイナスにも
指導することの難しさ

 森林はこう続けた。

「だから『俺の色に染めて送り出す』とか、全くないです。何色に染めたいのかと聞かれたら、『透明』という話です。選手個々が自分の色を意識しながら、選手同士で交ざり合ってくれたらいい。僕には選手やチームを染め切る力はないですから。逆に、『言うことを聞けば甲子園に連れて行ってやる』みたいな人はすごいな、と。自分にそんな能力はないし、そういうタイプになりたいという思いもないんです」

 その上で、指導することの難しさを指摘した。