高校球児写真はイメージです Photo:PIXTA

「高校野球の常識を覆す!」を合言葉に、甲子園球場で107年ぶりの全国制覇を成し遂げた慶應高校野球部。周囲の人々は、同部で監督を担っている森林貴彦氏について「まかせるリーダー」と評する。彼が「10年後や20年後を考えた時、その選手がどう成長できるかを考えたら、まかせて待つ方が絶対にいい」と言い切るわけは、学生時代の原体験にあった。※本稿は、加藤弘士氏『慶應高校野球部――「まかせる力」が人を育てる――』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

「全て自分がやる」から
「選手にまかせる」に

 関わりのある多くの人々が森林貴彦の特徴を「まかせるリーダー」と言う。その原体験は慶大時代、慶應高校の学生コーチを務めたことにあると本人は語る。

「とにかく上田さん(編集部注/当時の慶應高校野球部監督・上田誠)にまかせてもらったんです。上田さんはピッチャーを見るのが好きで、ブルペンに行く前に『内野、頼むぞ』と言われる。そうなると意気に感じて内野ノックや連係プレーに取り組んでいました。僕ともう1人、同期の学生コーチで練習を仕切って。大会に向けたメンバー選びの素案も、僕らが作って上田さんに出すんです。『こいつ最近、良くなってきたので入れて下さい』と言うと、大体それが通る。今思うと、『そんなに大学生にまかせちゃっていいの?』というぐらい。だから今、僕もまかせたいし、意見をどんどん言ってほしい。まかされるというのは、やりがいになりますよ。モチベーションを育てるのに、こんなにストレートな、いい方法はない」

 そこまで語る森林だが、最初から「まかせる」リーダーだったわけではないと回想する。

「監督1年目は無我夢中でしたが、2年目3年目までは、全部自分でやりたかったんです。メンタルトレーニングも自分で勉強して、自分の口で伝えたいと思っていましたし、ウエイトトレーニングもそう。自分で学んで、指導していましたから。だけど3年経った時、『これは無理だな』と。専門家やその道に長けた人を呼んできた方が、結局チームのためになると思ったんです。それからはいろんな人を巻き込んでやろうと思っていて、今は無意識のうちに人を巻き込むことしか考えていない(笑)。なんかもう、それが監督としての主業務みたいになってきていますね」

ちょっと引いた立場で
「ドローンの視点」で見る

 そして、こう続けた。「だって、1人はちっぽけじゃないですか」

 投手コーチにトレーニングコーチ、栄養指導など2023年夏の甲子園優勝には様々な「その道の第一人者」がチームに関わり、躍進を後押しした。

 適材適所に人を配置し、最大限の効果を目指す。そんな経営者的な視座は、前職のNTT時代(編集部注/大学卒業後、サラリーマンとして3年間勤務)に培ったものでもあるという。

「1つの仕事に多くの人が関わっている。それぞれに役割があって、得意分野があるとあの頃、知ったんです。僕の仕事は、いかにみんなが生き生きとやれる状態を作るか。それをちょっと引いた立場で、ドローンの視点で見られたらいい。先頭で引っ張るんじゃなくて、幽体離脱して客観的に見ていたいんです」

 もう1つ、森林が変わったきっかけがあったという。

「監督3年目、2018年の下山(悠介・キャプテン)の時に、はじめて春夏甲子園に行ったんです」

 甲子園出場という「結果」が出たのであれば、それまでのやり方に自信を深めてもいいはずだ。だが、森林は違った。

「甲子園に行って、全国のいろいろな指導者やチームを見ました。その時に、『同じような手法ではかなわないんじゃないか』と感じたんです」