これはたしかに、日本人どうしなら、「あ、どうも」「いえいえ」みたいな微妙な空気が流れる場面である。

「そんな空気、全然流れないんです。めっちゃ普通」

 その家で暮らして気づいたのは、所有権という概念の差異についてだった。

「家のなかでそこらにあるものは、誰が使ってもいいんです。私的所有の単位が『個人』じゃなくて『家族』なんですね」

 極端な話、下着なんかでさえも勝手に使っても何も言われない。

「これは逆に言えば、勝手に使われるってことでもあるんですが……。いちばん嫌だったのは、タバコを勝手に持っていかれることでした。あれは腹が立ちました」

 さすがに最近では状況が変わってきているようだが、所有概念に対する「あれ、おかしいやん?」という違和感もまた、のちの研究につながっていった。

日本人だとわかってもらえず
警棒で殴られ、護送された

 また、こんなこともあった。先生は友人を駅に見送りに行ったことがあった。そこで警察の職務質問に遭った。

「お前どこから来た?」と警官に聞かれて、「日本から来た留学生です」と応じた。ただ運が悪いことに、パスポートを持っていなかった。

「モンゴルの法律では、外国人はパスポートを携帯する義務があるんですよ。でも、すでに数年住んでたから、もう現地に慣れきって油断していたんですね」

 しかも、当時は「なりきりスタイル」にハマっていた。なりきるというのは、モンゴルの民族衣装を着るということではない。モンゴル人のそこらへんのおじさんが着るような、日常の格好をするという意味だ。

「中国製のテロテロの開襟シャツにツータックのズボンを履いていました。で、ぼくのモンゴル語はちょっと訛りがあるので、警官は、あ、こいつ内モンゴルからの密入国者や、って勘違いしたみたいなんです」

 どこから来たんや?と何度も問い詰められて、日本人だとくり返したが、信じてくれない。最終的に口喧嘩になった。