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大阪・吹田の国立民族学博物館には、異色の研究者たちが集まる。筆者が出会ったのが、モンゴルの文化・習俗を研究する島村一平先生だ。テレビマン時代、ロケで初めてモンゴルを訪れた後、会社にすぐ辞表を出したほど、この地に心を奪われたという。そんな彼が「モンゴルのシャーマンとラッパーは、似ているところがある」と口にした。※本稿は、文化人類学者の樫永真佐夫『変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館』(CEメディアハウス)の一部を抜粋・編集したものです。
ヒップホップの韻踏みを
先取りしていた遊牧民
もともとクラブに行くのが好きだった島村先生は、街にいるとクラブに足が向く。そこでヒップホップが意外とかっこよくなっていた。
「1990年代のモンゴルのラップは正直、ダサっ!って思ってました。ところが2001年になって聴いてみたら、あれ?いやこれ、ひょっとしてかっこいいかも?って。おかしいやん、なんで?と思いました」
それが本格的な研究になっていった。
韻踏みは記憶術の一種だ。遊牧民は本をあまり持てない。だから全部記憶する。ことわざ、祝い言葉、呪い言葉、それから詩や文学まで、全部韻を踏んでいる。
「彼らからすると、90年代にヒップホップが入ってきたとき、あっ、これならいける!俺らもうすでにやってるやつやん!みたいな感覚があったようです」
ただ、ここで大いなる勘違いが発生した。
「あの人たちは頭韻が得意なんです。文頭の音を揃えていく。ところがラップは脚韻でしょ?文末の音を揃えますよね。だから初期のラップはなんか変だったんです。ビートにうまく乗らないんですよ。それで彼らなりに工夫して、後ろで踏んだり、そのうち前でも後ろでも両方踏んだり、真ん中でも踏んだりして、もう韻だらけですごく複雑になりました」







