パターン③:成長したいはずなのに見ている世界が狭い

面接官:理想とする大人がいれば、理由とともに教えてください。
就活生:バイト先の店長が……。

人生が自分の理想通りにいく人間など、ほとんどいない。であるならば、現実は理想の八掛けなのか、六掛けなのか……。とにかく、理想を高く持った人間の方が、現実も遠くに行けることは確かである

「成長したい」ということは「人生においてできるだけ今いる場所より遠くに行きたい」と言い換えることができる。現在いる場所と、目指している場所の差が、その距離こそが就活生の“可能性”なのだ。その理想を遠くにおいて語るのは若者の特権だと言ってもいい。理想の大人を聞かれたら、別に世界の偉人を挙げてもいいのである。

にもかかわらず、こういった質問をすると「バイト先の店長」といったような、自分が直近で体験したミニマムな社会のトップを理想にあげる就活生がいたりする。バイト先の店長を理想に上げる就活生は、理想を現実化できたとしても、バイト先の店長止まりである。

今後、その就活生には、自社に入ってもらって、バイト先よりも大きな社会で、より大きな責任を持って仕事を遂行していってもらわなければならない。そのジャッジをしなければならない場で、手近な例を上げるのは、見ている世界が狭い人と判断せざるを得ない。成長という「遠くに行きたい」アピールをしながら、「でも遠くにいくのは大変だから近くでいいんですよ」という謎の矛盾を露呈していることになるのである。どうせ成長を期待して人材を採用するなら、遠くを見ている人のほうが可能性のある人材なのだ。

“自分のための会社”を探していないか?

以上、成長という言葉とセットで悪手になる例を3つ見てもらった。「成長」という言葉を使うことの難しさを感じてもらえたと思うが、最後にそもそもこの言葉が就職活動の場での使用が適さない根本的な理由を述べたい。

成長という言葉を使わないほうがいい、というのは、何も採用側から、若者の可能性の芽を積もうとしているのではない。採用側の本音を言えば「あなたが成長するかどうかよりも、あなたが会社のためになるかのほうが大事」ということなのだ。もちろん、社員の成長を望んでいないわけではない。だが、会社のためにならない成長をされても、一銭にもならない。いや、給料を払っているのだからマイナスかもしれない。

ひと昔前に「会社は学校じゃねえんだよ!」という言葉が流行ってドラマ化までされたが、会社は教育機関ではない。義務教育を終えた大人が自分の価値を高めたいと思ったときに取るべき選択肢には様々な手段があるはずだ。そんな選択肢たちと同じラインに並べて「会社は成長ための手段だ」と捉えられても困る、という話なのである。

そんな風には考えてはいない、という就活生も多いだろう。だが、就職活動における採用の判断は、“就活生が本当はどう思っているか”ではなく“面接官にはどう聞こえたか”によってなされるのである。

就活生の「成長したい」という言葉が強すぎるとどうなのるのか。企業側としては「え、会社のこと考えてないの?」となってしまう。もっと言えば、就活生が“会社や社会のために”働くのではなく、“自分のための会社”を探しているように見えてしまうのである。

正直なことを言うと、筆者個人としては、“自分のための会社”を探すという人生戦略を否定するつもりはない。だが、内定を得るという目的のためには、その本心がバレてしまっては悪手である。その気持ちは捨てなくてもいいから、せめてカモフラージュしないと、という話をしているのである。

まず示すべきは「自分の成長だけではなく、会社のことも考えている」という姿勢である。就活生に「自分は成長したい」という気持ちを捨てろとはいわないが、せめて「自分の成長が会社のためになるのはどのような状態なのか考える」というスタンスでいて欲しいのである。

さらに「自分がこんな成長をしてこんなスキルを身につけることで御社にもこんなプラスがあるのでは」といった、“自分の使用方法の提示”ができると、「自分のためだけではなく御社のことも考えてます」という気持ちが伝わり、成長という言葉を使っていてもカモフラージュになる。

“成長洗脳”をしているのは社会の側

最後の最後に付記しておきたいことがある。本稿は基本的には就活生に読んでもらって参考にしてもらうことを目的としているため、「◯◯するのは注意」といったアドバイス調になり、何か自分の悪い部分を指摘されたかのように感じた就活生もいるかもしれない。

だが、「成長」や「市場価値を高める」という言葉を就活生が使うのは、社会人に対して「成長しよう!」と謳う自己啓発セミナーやSNSアカウント、就活生に対して「自分の市場価値を高められる会社に行きましょう」と煽る凡百の就職アドバイザーや人材会社の影響は否定できないだろう。つまり、「成長」を就活生が合唱するのは、就活生個人ではなく、社会のせいなのである。

本稿をここまで読んでくれた奇特な、いやマイノリティな就活生は、まずはそのマジョリティの流行に乗らないという意識を持って欲しい。本来、人材の価値を上げるということは稀少価値を高めるということで、きっとそれはマイノリティでいる勇気を持ち続けることの先にあるはずだからだ。

(本記事は『ありのままの自分で、内定につながる 脇役さんの就活攻略書』に関連する特別寄稿です