何を隠そう、私も最近まで「こうあるべき」に縛られて仕事がスランプになってしまいました。

 これまで、読んでくれる人の心が軽くなるようにと本を書いてきました。最初はどんどん書き進めていけましたし、書くのが楽しくてたまりませんでした。

 しかし、部数や冊数が積み重なっていくにつれ、いつのまにか「楽しむ」ということを忘れて、違った心が芽生えるようになっていました。

 それは「見栄」です。

「今度の本はどれくらいの部数が売れるかな?売れなかったらカッコ悪いな」
「どんなことを書けば、本がたくさん売れるのかな?」
「この表現はウケが良くないかもしれないから、もうちょっと穏便に書こう」

 このように、気づかぬうちに「人の目」ばかり気にしてしまっている自分がいました。パソコンに向かってそんなことを考えているうちに、「ところで自分は何のために本を書いているのか?」という自分自身への疑問でいっぱいになりました。

 そこで、もう一度最初に自分が書いた本を読んでみました。すると、そこには下手くそながらも、純粋な自分がいました。

 その頃の自分は、原稿を書くことを楽しんでいました。書くという行為そのものが、とても楽しかったのです。

 ところがいつのまにか、人に対して「まわりの目から自由になろう」と伝えている自分自身が、思いきり人の目を気にしていることに気がついたのです。

「まわりからどう見られるか」「これがウケるのかどうか」を考えることは、ときには必要かもしれません。

 しかし、それだけでは人は疲れてしまいます。

 人生は長いので、ゆとりも必要です。

 たまには力を抜いて、

「いま、自分は楽しんでいるのだろうか?」
「人の目ばかり気にして、本当に大切なことを忘れてはいないだろうか?」

 と振り返ってみましょう。

 そこにフォーカスすると、本来の目的を思い出すことができ、あなたの人生はどんどんうまくいくようになっていきます。

囚われすぎると心が削れる…
取り扱い注意の3文字の言葉

「すごいですね!」

 このひと言がほしくて、多くの人は自分の身を削りながらがんばります。

 もしあなたがいま、競争心をエネルギーにして、自分の成長を実感できているならそのままで大丈夫です。自分が心から打ち込めることで結果を出して、人に認められていることを素直に喜べているのなら何の問題もありません。