自分の家が火事にあった場合に待ち受ける2択とは
矢野氏の火事のエピソードに話を戻そう。
彼がもし、保険金という「安易な救済」を得ていたらどうなっていただろうか。あるいは、木刀で老婆に復讐を果たしていたら……。それは、組織内に「毒」を抱え込んだまま生き延びることに等しい。
火事によってすべてを失ったことで「客を驚かせる」という一点に集中し、中途半端な利益追求や、安かろう悪かろうという「毒」のある商売を完全に捨て去った。「火事のおかげじャ」と感謝するほどである。
『百円の男 ダイソー矢野博丈』には、この時の心境が鮮やかに描かれている。
《自分の家が火事に遭った場合、その結果は、ふたつあるという。ひとつは、「変な悪縁のつきはじめ」。もうひとつは、「悪縁を焼き捨てる」。矢野にとっては、後者の「悪縁を焼き捨てる」火事だった。(中略)保険に加入していなかったことで、矢野はそれまでの悪縁を焼き捨てることができたと思っている》
情に流され、非効率や不正、あるいは毒性のある人間関係を温存することは、経営において、また人生において最大の罪悪である。
矢野博丈という男の偉大さは、逆境を単なる「苦労話」として終わらせず、それを契機に過去の自分自身や、まとわりつく悪縁を物理的・精神的に切断した点にある。
彼は火事の後、防災に異常なほど力を入れるようになった。
「明日は、なにごとが起きるかわからん」
この危機管理意識こそ、世界企業ダイソーの礎となった。毒を排除し、リスクを管理し、ひたすらに顧客への価値提供(良いものを100円で売る)に邁進する。それは、先の研究が推奨する「毒性回避」の戦略そのものである。
悪縁を断つ――。
木刀を捨て、灰の中から立ち上がった矢野氏は、最も理知的で、価値あるものへリソースを集中させるための決断をしたのだ。








