ぽかんとした表情のAにC専務は更に厳しく追及した。

「君はこのプレゼン資料をAIに打ち込むとき、もちろん履歴が残らない設定にしたんだろうね?」

「設定……ですか?」

「まさか消してないのか!」

 Aは下を向き、小声で「はい……」と答えた

。C専務は憤慨した。

「もしAIを通じてこの情報が外部に漏れたら大変だ。乙社との信用問題にもなりかねない。だいいち、企業秘密を社外に持ち出すのは就業規則で禁止している。どうしても資料を作るのに時間が必要だったら、残業するなり、B課長に助けを求めるなり方法はあったはずだ。B課長もB課長だ。部下の危機管理がまったくなってない!」

「申し訳ありませんでした」

 AとB課長はそろってC専務に頭を下げた。そしてB課長はAに今すぐに自宅に戻り、利用した生成AIサイト内での履歴を削除し、学習されない設定にするよう指示を出した。

専門家に相談

 会議終了後、C専務は所用で外出し、その帰りに甲社から徒歩5分の距離にあるD社労士事務所を訪れた。

「あれ、C専務。今日はどうしましたか?」

「急に来てすみません。どうしてもお尋ねしたいことがありまして……」

 D社労士から応接間に通されたC専務は、午前中の会議でAが起こした問題の一部始終を説明した。

「A君が作った資料は、取引先向けのもので相手の社名や部品ごとの見積金額が詳細に書いてあります。加えて新製品は当社が独自に開発したモデルで、今のところ社外には出回っていません。もしAIを利用したことで、情報が外部に漏れるようなことがあったらと危惧しています。なんでAIなんかに頼ったのか……危機管理がなってないとしか考えられません。Dさんはどう思いますか?」と不機嫌な表情で一気に話した。

「C専務のお考えはごもっともですが、AIのメリットを生かし、業務に活用する企業は増えていますね」

<生成AI活用のおもなメリット>
(1)各種資料作成の時短になる
○ 企画書・提案書・議事録などの定型文書を生成AIが瞬時に下書き作成することで、社員は「ゼロから書く」負担が減り、内容の精査と調整に専念できる。
○ 資料作成等の時間短縮により、他業務への振り向けが可能になる。
(2)効果的なプレゼン構成の提案ができる
○ 生成AIが過去の資料や業界トレンドなどを分析することで、論理的な構成案を提示できる。
○「伝わる順番」「説得力のある流れ」を自動で設計することで、プレゼンの質が向上する。
○ 若手社員でも、プロフェッショナルな構成を短時間で作成することが可能になる。
(3)社員が業務で培った経験、ノウハウ、業務手順、改善策などの知的資産の活用が
容易になる(知識の属人化を防止する)。

「AIを使うと便利なのはわかります。しかし私は、万一の時のリスクが心配なんです」

<生成AI活用のおもなリスク>
(1)機密情報の誤入力に関するリスク
○ 社外の生成AIに、顧客名・契約内容・社内資料などの機密情報を誤って入力すると、情報漏洩のリスクが生じる。特に無料生成AIツールの場合、入力内容を学習データとして蓄積する可能性があるため、意図せず外部に情報が残る危険がある。
(2)生成AIの出力を鵜呑みにする危険
○ 生成AIが作成する文章などについて内容の正確性や根拠は保証されていない。
誤った情報(古い情報など)や事実誤認が含まれていても、見た目が整っているため気づきにくい。
(3)無料生成AIの利用による学習リスク
○ 無料の生成AIツールは、入力された情報を学習に使うことがある。(例えば無料生成AIに社内資料を入力したところ、数か月後、類似内容が他社の出力情報に表示されるなど)入力した情報の利用については利用規約に明記されている場合があるので確認すること。