“日本版トラス・ショック”起きるか?
市場の信認失えば、財政金融危機に

 イギリスでは、22年9月に「トラス・ショック」が起きた。これは、リズ・トラス首相(当時)が打ち出した大幅な減税策を中心とする予算が金融市場の混乱を引き起こした出来事だ。

 トラス政権は、財源の裏付けが乏しいまま大型減税とエネルギー補助を同時に発表した。財政悪化への懸念から、イギリス長期国債の価格が急落し、金利が急騰した。年金基金が保有する債券の価値が下落し、追加担保の要求が連鎖的に発生したため、イングランド銀行が緊急の国債買い上げに踏み切る事態となった。

 その結果、ポンドは歴史的な下落を記録し、トラス政権は減税策などの公表からわずか数週間で政策撤回に追い込まれ、トラス首相も就任45日で辞任した。これは、市場の信認喪失が引き起こした典型的な財政・金融危機の例といえる。

 同じような事態が、日本でも起きる可能性は決して否定できない。

物価高対策はインフレを加速させる
必要なのは人手不足対応、供給能力の増強

 今回の総合経済対策の柱は、「物価高対策」「危機管理投資、成長戦略」「防衛力と外交力強化」だとされているが、最大の眼目は物価高対策だ。

 消費者物価指数は、22年4月以降、3年半にわたって2%を上回る水準が続いている。これが国民にとって深刻な問題であることは、言うまでもない。

 物価高対策として政府が行おうとしているのは、第一には、暫定税率について、ガソリン税は12月31日、軽油引取税は来年4月1日に廃止することだ。第二に、来年1月から3月にかけて電気・ガス代を支援し、3カ月で1世帯7000円程度の負担を軽減する。また「おこめ券」を支給するなどだ。

 しかし、こうした施策はガソリンや電気・ガス、そしてコメに対する需要を増加させ、事態を悪化させるだろう。人手不足など供給制約が厳しい中で需要を拡大すれば、インフレは加速するのだ。

 また、子ども1人当たり2万円の給付を行う(所得制限なし)としているが、これは物価高に対する「お見舞い」に過ぎず、物価を引き下げる効果はない。

 現在の日本で必要なのは、供給能力の増強だ。とりわけ人手不足への対処だ。それが解決されない状況下で大規模な財政出動を行っても、インフレを助長するだけの結果になる。

 問題は補正予算だけではない。これから策定される来年度予算が重要だ。ここで財政規律がどの程度維持されるか。仮に、過大な予算規模が発表されれば、トリプル安がさらに進むおそれがある。

 また、12月18~19日の日銀金融政策決定会合も重要だ。政策金利の引き上げができるかどうかが、まず第一の焦点だ。それだけでなく、長期金利高騰を抑えるための市中からの国債買い上げなどが行われることがないか、チェックしなければならない。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)