一部の老人たちは、自らの経験によって、大地震は起こらないと主張します。地震は知っているが、せいぜい、茶わんやはしがおたがいにぶつかり合う程度のゆれだと言うのです。

 壁新聞を張り会議を重ねて、大衆の自覚を高める努力が根気よく続けられました。やがて大隊の中に抗震防震指揮部が設置され、それぞれの居住区に連絡員を置きました。学習グループができて、彼らは進んで異常現象の観察を始めました。

 1月30日から、瀋陽地震台の傾斜計の記録は、傾斜変動の方向が南東方向から急激に南西方向へ変化し始めたことを示していました。

 31日、瀋陽地震台の討論会では、「遼陽地区にマグニチュード5または金県―蓋県地区にマグニチュード6の地震が近々発生する可能性がある」という意見をまとめ、省に提出しました。

 最も専門家の目を引いたのは、2月1日から営口地震台の高感度地震計が、約20キロメートル離れた地点に微小地震が発生しはじめたことを示したことでした。

 過去の記録にはほとんど見られなかった新しい活動であり、2月1日には1回、2日には7回と増加しました。3日の朝、一度この活動は収まるかに見えたのが、午後になって、今度は大変な勢いで増えはじめ、夕方には1時間当たり20回の頻度に達しました。

 営口地震台は周囲の大衆観測点のデータの分析結果と微小地震活動の様子から、近日中に大地震が地元に発生する可能性がある、という意見を省の地震弁公室と市の革命委員会に提出しました。

地震予測の報告を受けた
自治体の決断は早かった

 2月4日午前10時、地震弁公室からの意見に基づいて判断を下した遼寧省革命委員会は、臨震警報を全省に対して知らせ、防災指令を出しました。

 鞍山市・営口市を中心に具体的な防災指令が出され、緊急電話で通知されました。午後2時には、省の地震弁公室は海城県へ移動し、そこで防災会議を開いて、営口・海城の責任者に直接の指示を伝え、防災対策を具体的に検討しました。