2月4日の午前、微小地震は増え続け、1つひとつの地震の規模も大きくなり、マグニチュード4.7および4.2の有感地震が発生しました。この活動は午前中ピークとなった後、急激に減少しはじめ、12時すぎには異常に少なくなりました。

 午前10時に知らせを受けて、鞍山・海城・営口を主とする各地では、その地域の革命委員会が中心となって緊急会議を実施。鞍山市海城県牌楼人民公社の丁家溝大隊では、大衆の予知グループの観察がずっと続けられていましたが、午後になって井戸水は濁り、あひるが100メートルほどの距離を飛んでいくのが観察されました。

 上からの指令を受けて、幹部を中心に緊急会議を開き、「人は家から離れ、家畜は小屋から離す」ことが決定され、大隊の責任者たちは手わけして各家庭を回り避難するよう伝えました。

 1軒1軒回った結果、82歳と93歳の2人の老人が意固地になって大地震など起こるわけがないと言い、家を離れないという報告がありました。村の人々はこの2人の老人のためにも避難小屋を作り、幹部たちは一生懸命説得を続けました。

 午後4時頃この2人の老人たちもようやく腰を上げて家から離れました。

 102大隊の観測点では、地電流観測のメーターは3日以来、測定不能になるほど振りきれていました。大地震は近いと肌で感じながら彼らは上からの指令を受けとり、すぐに防災処置をとりました。

未曽有の大地震が発生するも
被害を最小限にとどめた

 石硼峪地震大隊は4本の映画を用意しました。その2本目を上映している最中、19時36分06秒、大地震が発生しました。マグニチュード7.3の破壊的大地震でした。

 石硼峪では90%の家屋が倒壊し、3人の死者を出しました。いったん避難したが予報を信じず、夜になってまた子どもを連れて家に帰ってしまった老人と子どもでした。

 海城県牌楼人民公社丁家溝大隊は震央地区のどまん中にありました。地鳴りや発光現象があり、地面は上がったり下ったり、小舟に乗って荒海にいるような気持ちだったといいます。