シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

頭でっかちのエリートではなく、不遇や苦労を経験する人が評価される時代Photo: Adobe Stock

失敗や苦労を前面に出し、
それを乗り越えてきたというイメージで売る

 経歴は詐称してはいけないが、今まで経歴詐称といえば、経歴を多めに盛ることであった。

 しかし、これからは、それが逆になってくるのではないか。

 失敗や苦労を前面に出し、それを乗り越えてきたというイメージを出すのだ。そのほうが多くの人の共感を得やすいし、発射台の高さを下げて自身の今の成功をさらに高く見せられる。

 世界中で頭でっかちのエリートで固まり、何も行動を起こさず、ご立派なご高説を述べてばかりな人たちが格差と分断の拡大を生んだ。それを修復できるのは、不遇を乗り越えてきた苦労を知る人物だ。

 成功者にとっては、自分がいかに不遇で試練を経験してきたかを強調する時代になってきた。

 おばあちゃんが「若いうちから苦労は買ってでもしなさい」といっていたのが身に染みる。これから多くの人は、試練を乗り越えてきた経験をリーダーに求めるようになるだろう。

 私も、ピカピカの経歴の者ばかりが集まるスタートアップには、投資しようとは思わない

 なぜなら、どんなに今まで境遇や才能に恵まれてきたとしても、スタートアップは必ず誰も予想できないような苦境の連続に陥るからだ。

 賢くて深い友情でつながった名門のクラスメイトで会社をスタートしても、予想だにしない苦境に陥って、そこにお金が絡むと、みにくい内輪喧嘩で終わっていく、そんな事例を見てきた。

 一方で、途上国生まれで、まあまあの経歴のメンバーで始めたようなスタートアップだと、苦境に陥ってもたくましく新しいピボット先(転換先)を見つけて事業をがらりと変えたり、したたかに同業者をロールアップして(束ねて)価値を高めたりする事例も見てきた。

 基本、ブルーブラッド(貴族)のエリートのような人は、スタートアップの真髄である泥臭い営業が苦手の人が目立つ。ただ口が上手いだけで、自身の価値を吹っかけてくるようなナラティブ作りに長けている人もいる。

各界の著名人たちも皆、苦労人だった

 低カーストの有名な事例で行くと、インドのモディ首相がいる。自らを「チャイワラ(お茶売り)」として庶民性を強調。貧しい出自のイメージを活用し、庶民の支持を集め首相に就任した。彼が子供のときの実際のカーストには、今でも議論がある。

 アメリカの実業界ではサム・ウォルトン氏(ウォルマート創業者)が有名だ。自らを田舎出身の庶民派経営者として位置付け、低価格路線を打ち出し大成功した。

 日本では、田中角榮氏松下幸之助氏がいる。
 田中角榮氏は尋常小学校卒の宰相として庶民の共感を集めた。松下幸之助氏は「丁稚奉公」から成功したと強調し、「経営の神様」と呼ばれるほど尊敬を集めた。

 ハリー・ポッターの作者のJ・K・ローリング氏もそうだ。シングルマザーとして生活保護を受けていた苦労話を強調。貧困から成功へのストーリーが社会的注目を集め、共感を広げた。

 昨今の政治リーダーではブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領がいる。靴磨きや金属労働者出身の経歴を強調し、労働者階級のヒーローとして人気を得た。大統領就任後も貧困層支援を積極的に推進した。

 トランプ政権では、副大統領のJ・D・ヴァンス氏がいる。彼はオハイオ州ミドルタウンで生まれ、薬物依存症に苦しむ母親の家庭内暴力を乗り越え、育ったことで有名だ。

 彼以上に苦境を乗り越えてきた事例として今相当有名になっているのが、現在のホワイトハウス報道官のカロライン・リービット氏だ。

 彼女はニューハンプシャー州でアイスクリーム店経営の家族に生まれる。彼女の家系では彼女が初めて大学に進学。ソフトボールの奨学金でセント・アンセルム大学に入学し卒業。そこから、32歳年上の不動産会社経営者と結婚し、彼のサポートもあり今に至る。この男性も、一時ホームレスになるほどの極貧から不動産投資で苦境を乗り越えてきた苦労人と言われる。

失敗していない人には、賭けない

 ピカピカの経歴を売りにする者は、逆に我々庶民の共感を得られず、世間知らずのレッテルを貼られ、これからの激変の時代を乗り切るリーダーとしては、不適格の烙印を押されかねない。

 失敗していない人には、私は賭けない

 なぜなら、そういう人は、これから立ち上がれないような大失敗を間違いなくやるから。

 苦労を必要以上に前面に出すほうが、いい時代となってきた。というか、若くして苦労を買ってでもやって乗り越えていくのだ。良家の子女として育った人は、がんばっても努力が認められにくく、やっかみを受けることもあるかもしれない。

 子育てに苦労している人も、子供に悪いと思うのではなく、子供に成長の機会を与えているのだとくらいに考えたほうがいい。小さい頃からすべてを与え、甘やかした教育を施すのは、むしろ子供をダメにしてしまう。

 親が情けなくて苦労をかけるのも、それは子供の大事な教育の一部になるのだ。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。