幸四郎 理屈やテクニックだけで人の心は動きません。人間というのは、結局そういう存在だと思います。目線の置き方とか、言葉のトーンとか、間の取り方とか、そういったマニュアルに書かれているものは全て忘れたほうがいい。

 一番大切なことは、その人が「何をしたいのか」だと思います。それで人を巻き込んでいきたいのであれば、どのくらいその思いが強いのか。

 平蔵は慕われたいと思って生きているわけではなく、「俺はこういう生き方だ」という信念を強く持って生きていて、それに惹かれた人たちがいたというだけです。

松本幸四郎Photo by Shogo Murakami 衣装協力=イザイア/ISAIA Napoli 東京ミッドタウン メイク協力=ラ・メール スタイリスト=川田真梨子 ヘアメイク=林摩規子

普遍的な人間ドラマの本質が
人を惹きつける

――幸四郎さんご自身は、どのようなビジョンや哲学をお持ちでしょうか。エンターテイメント業界も厳しい状況にある中で、何を道しるべにされていますか。

幸四郎 私が「鬼平犯科帳」で目指しているのは、池波正太郎先生がご執筆された原作を土台にして、今の時代に向けた「ド正統」な時代劇を作ることです。これに尽きます。この作品が持つ普遍的な人間ドラマの力、その本質を堂々と描くことこそが、結果的に一番多くの方に振り向いていただける道だと信じています。

 エンターテインメントは、平和で豊かな時代だけのものではありません。むしろ、困難な時代にこそ、人々の心を支え、明日への活力を与える力を持っています。コロナ禍を経て、そのことを改めて強く感じました。

 常に芝居をし続けて磨き上げていくと同時に、どのようにお客様に届けていくのかも大切です。「鬼平犯科帳」を、テレビドラマや映画という映像や、歌舞伎座という伝統的な舞台、ラジオドラマといった多様なメディアで展開しているのも、その一環です。

 ですから、我々演じる側の使命は、最高の作品を創り続ける、自分を磨き上げると同時に、お客様を魅了できるような企画を自ら考え、多様な形で届け続ける必要があります。