思えば「上級国民」というネットスラングは、一般国民の窮状を顧みず、特定の組織や個人が富と権力を私物化したり、恣意的に運用する公共心の欠如した政治家や官僚、それらに便乗する企業経営者などのエリート層などに対する怒りがパワーワードとして結晶化したものであった。自らを古い価値観と既得権益による犠牲者として自己規定すればするほど、自民党の裏金事件のような不正に対する激しい憎悪と、破壊的状況をエンターテインメントとして消費する傾向はますます進むことになるのだ。これは、世界的な流れでもある。
世界的に求められている
社会のアンチヒーロー
イスラエル出身の報道カメラマン、シャウル・シュワルツが監督した傑作ドキュメンタリー『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(2013年、アメリカ/メキシコ合作)は、腐敗が蔓延した社会において麻薬ギャングがアンチヒーローとして祭り上げられる皮肉を余すところなく描き出している。
『令和ひとりカルト最前線 サバイバリズム時代の生存戦略』(真鍋 厚、現代書館)
麻薬取引やカルテルの世界を歌う音楽ジャンル「ナルコ・コリード」の人気シンガーに群がるファンの女性たちは、「麻薬ギャングと付き合いたい」「ギャングも生き方の一つ。別に悪くない」「まあ、悪いけど、そんな生き様もある」と好意的に解釈してみせる。
そんな風潮が広がっていることについて、ギャングを取り扱ったテレビ番組のプロデューサーは「ギャングが英雄視されている。つまりそういうことだ。だから麻薬ギャングのカルチャーも大流行。ロビンフッド的存在なんだ」と応じる。
このような大局的な観点から見ても、ガーシー現象は決して一過性のものではなく、むしろヴァーチャルノマドの欲望の産物そのものといえ、今後もアンチヒーロー的なものへの訴求はなくならないことだろう。社会と経済の分離がますます進むにつれて、定住民であることから免れない人々は、「上級国民」に象徴される既得権益層に対する破壊願望と、自由に効率良く稼げるアテンション・エコノミー(注目経済)に傾倒せざるを得ないのである。







