生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。バッタはなぜ大群になるのかについて本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。

【大群になったら人間には、もはや対抗手段がない…】バッタ大量発生の理由Photo: Adobe Stock ※画像はイメージです

バッタ大量発生という災害

――『動物のひみつ』の中で、「なぜバッタは大群になるのか」という話に驚きました。バッタ大量発生のニュースは見たことがありますが、なぜ大群になって移動し続けるのかは知りませんでした。

夏目大氏(以下、夏目):すごい話ですよね。バッタが何十億という数が群れをなして移動すると、通ったあとは農作物も草木も食い荒らされ、まったく何もなくなってしまいます。

2004年にはサバクトビバッタの大群が北西アフリカの広大な土地を覆って、深刻な被害をもたらしました。この大群から分かれた群れの一つは、出発地点から1000km離れたところまで達したというのですから、移動距離もすごい。

孤独好きなバッタが集団になる理由

夏目:ではなぜ、バッタは大群になるのか?という話ですが、本書には面白い実験が紹介されています。

 まず、バッタには「孤独相」と「群生相」という二つの形態があります。孤独相のバッタは、他のバッタとの接触を避けて暮らします。このバッタは温和なんです。

 ところが、同じ種なのに群生相に変わるとお互いを避けるどころか接近するようになり、大群になってしまう。見た目も派手になるし行動も活発になるし、まるで違うバッタです。

 何がきっかけで、孤独好きなバッタが集団で暴走するバッタに変貌するのか、という疑問があったわけですね。シドニー大学のスティーヴ・シンプソン氏は、絵筆で孤独相のバッタの後肢を1分間につき5秒間なでることを繰り返しました。

――面白いですね。後肢にちょいちょい何かが触れるということは、他のバッタが近くにいると感じるのでしょうか。

夏目:食料が極端に乏しくなったときにバッタの身に起きることを模した実験なんです。

 そもそも食料が少ない過酷な環境でサバクトビバッタが生き延びるには、できる限り他の個体とは間隔をあけて暮らすのがいいのですが、そうも言っていられないくらいに食料が乏しくなると、かろうじて食料が残っている場所にバッタが密集することになります。

 すると、バッタの身体の中ではセロトニンが多く分泌され、集団行動をするようになります。同時に共食いが始まるんです……。恐ろしいですね。

恐怖にかられた前進

――「バッタは恐怖に駆られてやむを得ず群れで動くようになる」とありました。他のバッタに食われないために、前進せざるを得ない。

夏目止まったら、後ろにいるバッタに食われますからね。これもまた実験で確かめられています。背後に他のバッタが迫ってきていることを感じさせないように操作すると、その場に留まるんです。

 だからもう、やけくそですよね。どうせ死んでしまうなら全部むさぼり食ってやれという。孤独相のときは好みの味があったのでしょうが、もはや美味しいものでなくても何でも食い散らかすんですよ。

 こうなってしまうと、人間には対抗策がありません。誰もバッタの前進を止めることができず、通り道は大きな被害を受けることになります。でもこれも人間の自然破壊が引き起こしたことでしょう。

 バッタは好んで集団になっているわけではなく、緊急的対応としてやっているんです。バッタだけではありません。人間活動の影響で危機に瀕する動物は少なくないのです。

 単に動物がかわいそう、という話ではなく、私たち人間の今後の生存にも関わってきます。本書を読むとそれがよくわかると思いますね。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)