生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。クジラの社会とコミュニケーションについて本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。

子クジラが母クジラの口の中へ。さらにはイルカも口の中へ【とても感動的な「クジラの抱擁」とは?】Photo: Adobe Stock ※画像はイメージです

背中の曲がったイルカとクジラたちの群れ

――『動物のひみつ』には、動物行動学研究者のウォード博士がさまざまな動物と出会うシーンがあります。とても印象的だったのは、海に出てマッコウクジラと出会うシーンです。ウォード博士は、マッコウクジラたちとバンドウイルカが一緒に暮らしているのを目撃するんですよね。

夏目大氏(以下、夏目):そうそう。クジラの社会的行動の研究のためにアゾレス諸島に来たウォード博士は、荒れた海に揺られながらクジラを探し続け、5日目に海が穏やかになったときにマッコウクジラに会うことができました。

 ボートでクジラまで数百メートルのところまで移動し、そこからは海に潜って近づいていきます。こういった語りも面白く、ワクワクしますよね。私もクジラが大好きなので。

 クジラの群れは4頭でした。全長10mを超すリーダーのメス(マトリアーチ)、リーダーの4分の3ほどの大きさの個体、そして2頭の子どもたち。さらに一頭のバンドウイルカが近くにいたんです。

 このバンドウイルカはどうやら生まれつき身体が曲がっている個体で、普通なら生き延びるのが難しいのですが、クジラの社会に入れてもらって一緒に生きているのです。

子クジラが母クジラの口の中へ

――クジラの抱擁のシーンが印象的でした。

夏目:マトリアーチが口を開けて、子どもがその口の中に入ります。口の片側から子クジラの頭が、反対側から尾びれが出ている状態です。この状態でマトリアーチは子クジラを優しく噛むような動きをするんですよね。

 子クジラが口からでると、また別の子クジラが優しく噛んでもらい、さらにはバンドウイルカも口の中に……。ウォード博士はとても感動していましたね。

 霊長類にとって毛繕いは個体間の関係を築き、維持をするという重要な意味がありますが、このクジラの行動にも似たような意味があるのではないかと考えられます。

――子どもたちだけでなく、イルカにも愛情表現をしていたのがすごい。シーンが目に浮かんで私も感動しました。海の中でクジラもイルカもさまざまな音を出し、会話もしていたとか。

夏目クジラは何種類もの音を出して、海の中でコミュニケーションしています。水中では音が非常に遠くまで届きますからね。

流行の歌をアレンジして発展させていくクジラ

夏目:本書にはクジラの歌の話もありました。『ザトウクジラの歌』というレコードがあって、かつて大ヒットしたんですよ。ザトウクジラの鳴き声だけを収録したレコードです。

 ザトウクジラはマッコウクジラとは違って、単独行動を好むといわれる「ヒゲクジラ」のグループに属しています。生活も採餌も単独で行うんです。でも、歌でコミュニケーションをしているんですよね。

 ザトウクジラは世界の海に広く分布していますが、同じ地域のオスはだいたい同じ歌を歌います。流行があるんですよ。その流行の歌に自分なりのアレンジを加えて歌い、それを聞いた別の個体がまたアレンジして歌い……というように歌が発展していきます。

 面白いですよね。海に潜る必要があるから、鳥の歌に比べて研究が難しいとは思いますがクジラの歌の研究ももっと進むといいなぁと思っています。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)