老後の終活、何をすべき?→池田清彦の「答え」が火の玉ストレートで何も言えない…写真はイメージです Photo:PIXTA

近年、日本でも「安楽死を認めるべきだ」という議論が盛んに交わされるようになった。苦しまずに死にたいと願う気持ちから賛成する人も多いが、生物学者の筆者はその考えに警鐘を鳴らす。尊厳死が制度化されると、残酷な未来が待ち受けているというのだ。※本稿は、生物学者の池田清彦『老いと死の流儀』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。

安楽死が制度化されたら
高齢者蔑視はますます強まる

 死後の世界は自分で好きに思い描くことができますが、一方で「死そのもの」は、誰も管理することはできないと私は思っています。

 近年は安楽死や尊厳死を認めるべきだ、という議論が日本でも盛んに行われ、実際ヨーロッパの一部の国々やカナダでは、医師が薬を投与する「積極的安楽死」や本人が薬を服用する「医師幇助死」は合法化されています。

 確かに「苦しまずに安らかに死にたい」という願いは、人間として自然な感情でしょうし、私だってそうであればいいなと思います。

 ただ、「死を制度として整える」ことには強い懸念があります。「本人の自己決定を尊重する」というのはとても耳に心地よい言葉だとしても、そこには社会全体の価値観を変えてしまう危うさが潜んでいるからです。

 安楽死や尊厳死が認められていない現在の日本でさえ、「高齢者医療費の増大」や「介護の社会的負担」といった現実が色濃く影を落としているせいで、「人に迷惑をかけるくらいなら早く死んだほうがいいのではないか」といった空気は少なからずあります。

 もしも、自分の意思で死ねるという制度が整えば、この空気はもっと強くなっていくに違いありません。