ローライダー文化を広めるきっかけは
「子どもたちをギャングとドラッグから遠ざけたい」
カンポスさんは、自身の愛車のシェビーにはエアバッグ方式のスイッチを取り付けて、車体にダメージを与えないように、時間をかけてゆっくりと車高を下げている。
「ロー・アンド・スロー」(低くてゆっくり)が彼らオールド・メモリーズの合い言葉なのだ。
2025年11月に開催されたLA自動車ショーでは、電気自動車や最新デザインのスポーツカーが展示される中、オールド・メモリーズ所有の1948年製のシェビーが会場に展示され、オールド・メモリーズ創設者であるエディ・ソラ―さんと親友のオスカー・ルエラスさんが壇上に招かれた。2人とも80歳近い。
米オートモーティブ・ホール・オブ・フェイム協会が、この2人を「ローライダーのレジェンド」と讃え、彼らの芸術的、技術的、グローバルな文化的な功績を称賛して、2025年の特別功労賞を授与した瞬間だった。
「まさかこんな日が来るとは想像もしなかった」とソラ―さんは壇上で語った。ソラ―さんとルエラスさんは、同じサウスLAで育ち、同じ小学校に通い、12歳の頃にはすでにローライダー文化にどっぷりはまっていた。
メキシコ系のソラーさんたちは、最初の中古車を買うのにまず7年間働いて貯金し、購入後はその車をレストアしてまともに乗れる状態にするのに7年間かけたという逸話もあるほどだ。2人はベトナム戦争に徴兵され共に帰還した。ソラ―さんは港湾員として働きつつ、1978年にオールド・メモリーズを立ち上げたのだ。
「当時、地元LAの子どもたちをギャングとドラッグから遠ざけたい一心で、若者が没頭できる何かを提供したくてローライダー文化を広めた」とソラーさんは語る。
前述のカンポスさんいわく、当時からLAの街では複数のギャング集団が熾烈なライバル関係にあり、10代の若者が自分の車で隣町に行くと、よそ者が来たと車種からすぐに把握されてしまい、ギャング間の闘争が頻繁に起きていたという。
右側がオールド・メモリーズ創設者のエディー・ソラ―さん。親友のオスカー・ルエラスさんと共に、今年のLA自動車ショーでオートモーティブ・ホール・オブ・フェイム協会から、ローライダーのレジェンドとして特別功労賞を授与された
カーショーで展示されていた鮮やかな赤色の1938年製のシボレー・コンバーティブル







