サラリーマンでありながら海外の映画祭でグランプリを受賞した長久允氏。その思考法と脚本術を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売となりました。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書について、長久氏へのインタビューも交えて深堀りします。(聞き手・文/飯室佐世子

脚本の教室Photo: Adobe Stock

30代からの分かれ道

「今の仕事は本当にやりたいことじゃない」「このまま終わっていいのだろうか」。

 30代、40代とキャリアを重ねるにつれ、思い描いていた理想と現実のギャップに焦りを感じることはないだろうか。

 人生の後半戦で、過去の「遠回り」を悔やみ続ける人と、一見無駄に思える経験を「最強の武器」に変えて突き抜ける人。

 この両者の決定的な違いは、「ネガティブな経験の取り扱い方」にある。

「夢をあきらめて就職」は失敗ではない

「本当はやりたいことがあったのに、妥協して今の仕事に就いてしまった」。そう言って、これまでのキャリアを消化試合のように捉えてしまう人がいる。

 32歳から映画監督として活動を始め、サンダンス映画祭で日本人で初めてグランプリを受賞した長久氏もかつて、学生時代に映画監督になる夢を抱きながら、評価されず挫折した経験を持つ。

 新卒で広告代理店に就職し、満員電車に揺られ、毎晩遅くまでマーケティング資料を作る。そんな「仕事第一主義のサラリーマン」として過ごした。

 もしあなたが今、彼と同じように希望していなかった仕事に追われているなら、こう思うかもしれない。「あの時、諦めずに夢を追っていればよかった」と。

 しかし長久氏は、このサラリーマンとしての10年を「必要な時間だった」と断言する。

長久允(以下、長久):今となってはそれがあってこその自分なので、必要な時間でした。

 たぶん、23歳から映画を作りつづけていたら辿り着けない自分になっていると思います。

 10年以上違う道を歩いたからこそ持てた眼差しがあるからです。

 世の中には、早くから一直線に夢を叶えた人には見えない景色がある。組織の理不尽さ、満員電車の息苦しさ、上司やクライアントの要望に応えるために頭を悩ませた日々。

 そうした遠回りの中で蓄積された感情こそが、のちに世界を驚かせる強烈な個性へと変わったのだ。

意味不明なフィードバックを「具材」にする思考法

 遠回りを無駄で終わらせる人と、武器に変える人の違いは、日々の業務におけるスタンスにも表れる。

 会社員として働く以上、時に上司やクライアントからの「意味不明なフィードバック」に晒されることは避けられない。
 多くの人は、これに対して「わかってないな」と反発するか、心を無にして言われた通りに直すかのどちらかだろう。

 しかし、長久氏は広告代理店で培った「異なる視点」を持っている。

長久:各方面から100個ぐらいフィードバックが来るんですけど、それをこちらの理論だけで否定するのはもったいない。

 練りに練った企画ではあるものの、フィードバックと戦って原案を押し通すよりも、フィードバックをすべて受け取って、それを具材にさらに面白くした方が、自分も想像できなかったところにたどり着けて面白いなって。

 そう思った経験がたくさんあるんです。

 自分にとっては、意味不明に見える意見も、相手にとっては1つの正しさである。

 あえて自分の企画に全部乗せしてみると、想定内の正解を遥かに超えた、全く新しいアウトプットが生まれるというのだ。

「10年待つ」極論がもたらす心の余裕

「やりたいことが見つからない」。そう焦る人に向けて、長久氏は著書の中で極論を提示している。

もしあなたが今、20歳で、書きたいけど書けないなら、10年待ってみましょう。10年別の仕事をすると、そこで積み重なった嫌な気持ちはきっと脚本になります。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.171より

 人生の後半戦で強いのは、順風満帆なエリートではない

「こんなはずじゃなかった」と唇を噛み、意味不明なフィードバックに揉まれながらも、その嫌な気持ちや無駄な時間を蓄積してきた人間だ。

 あなたのこれまでの遠回りは、決して無駄ではない。その退屈で、理不尽で、とっ散らかった時間の中にこそ、あなたにしか作れない「最強の物語」が眠っているのだから。

(本稿は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の発売を記念したオリジナル記事です)