島根県の益田競馬場のトップジョッキーだった道川氏は、国外に活躍の場を求めた日本人騎手のパイオニア的な存在だ。1989年から8年間、マレーシアとシンガポールを中心に、計10カ国のレースに出場した。日本のスポーツ紙に事実無根の「八百長競馬疑惑」を書かれて名誉棄損で訴えるなど(道川氏が勝訴)、波乱に満ちた生涯だった。
「ボクが道川さんと友だちになって日本の競馬に関心を持ったころに、えりも町の牧場の社長がマレーシアに乗り役を探しに来た」
オファーを受けて来日したが、えりもでの生活は孤独の一語だったという。
「マレーシアに牧場はないの、競馬場だけで。えりも、何もないし、外国人もいなくて、言葉もわからない。けっこうつらかった。でも、来たからには頑張るしかない、って」
インド人騎手の月給は手取り20万円
エージェントは1万5000円の管理料
やがて周囲から信頼されるようになり、友人も増えた。寿司のわさびを口にしたときは涙とうめき声が出たが、今では好物だ。えりもから浦河に移り、いくつかの牧場で乗り役として働いた。ボランティアのようなかたちで始めたエージェントの仕事が、いまや本業となった。
サム氏はインド人を牧場に紹介するにあたって、いくつかのルールを作った。
牧場から彼らに支払われる給料は、月額手取りで20万円。他に3万円をサム氏が牧場から受け取る。そのうち1万5000円が氏の管理手数料、残りの1万5000円をインド人の住民税(道民税・町民税)と国民健康保険料の支払いにあてる。
「そうしないと、自分で手続きできるわけないからさ。そしたら労基(労働基準監督署)から『グレーだ』って。はっきりダメとは言わないの、グレーだって。『じゃあ、いいよ』って税金と保険の分は預かるのをやめた。今、けっこう払ってないやつがいる」
働いて2年目から長期休暇が取得できること、その際に飛行機代の半額を会社が負担することも取り決めた。往復の予約はサム氏がするが、「インド人は勝手に変更する。日本に戻る便を遅らせる」と苦笑する。







