「どんくさい」が最強の武器になる

《発売2年目の1977(昭和52)年に売り上げ数量が1億食を超えた。きつねうどんの発祥の地は大阪である。根強いうどん人気もあってか、その年の2月の調査で、西日本ではカップヌードルを抜き第1位になってしまった。もちろんしばらくして巻き返しにあったが、一瞬でもカップヌードルの牙城を崩したのはすごいことだった。当時は業界全体の新製品も少なかったので、ブランドイメージの浸透、スーパーでの定番化は早かったのである。》

「どんくさい」の「どん」。 それをあえて商品名に冠する勇気。ここに、2代目社長の鋭い感性がある。

 カップヌードルは、フォークで食べる欧米風のスタイルを提案し、若者たちに「かっこいい」と思わせることで成功した。いわば「憧れ」の対象である。 

 しかし、うどんやそばは違う。それは日本人の生活に根付いた日常の食事であり、求められるのは、鋭利なかっこよさではない。 疲れた時にホッとするような、温かさだ。

 完璧で隙のないエリートよりも、少し不器用だが実直な人物の方が、安心して付き合えることがあるだろう。 宏基氏は、うどんという商品が持つ本質的な価値を、「どん兵衛」という、一見するとマイナスイメージを含んだ言葉の中に発見したのだ。 結果として、その判断は正しかった。

 もし、社内の反対に屈して、もっと当たり障りのない、スマートな名前をつけていたらどうなっていただろうか。おそらく、数あるカップ麺の1つとして埋もれ、50年ちかくも愛されるロングセラーにはなっていなかったかもしれない。

「最初から完成されていた」チキンラーメンの発明は偉業だ。しかし「あえて隙を作る」「あえて泥臭さを選ぶ」という、どん兵衛のマーケティングもまた、食の歴史における重要な発明だったと言える。 

 技術的な革新だけがイノベーションではない。人々の心の中にある、言葉にできない感情のツボを押すことも重要だ。

「かっこいい」だけが正解ではなく、「どんくさい」が最強の武器になることを見抜くこと。 それもまた、ビジネスにおける究極の形の1つなのだ。

 1958年の革命児と、1976年の反逆児。この2つの魂が、日本の食卓を今なお支え続けている。

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