楽しいことも辛いことも、感情の言葉を抜きに書いた方が迫力がでる気がします。

 死ぬかと思った体験を読者から集めた私の書籍『死ぬかと思った』では、「痛くて辛すぎました」と感想をつづった文章より、「靴に血がたまってました」といった行動の方が真に迫ったので、編集するときには投稿からオーバーな感想の部分を削っていました。

「好きなこと、面白かったことを生き生きと書きましょう!」と言われても、照れくさいですよね。

 そんな時は、メモや写真を他人のものと思って「この人のことを書こう」と、第三者の視点になると書きやすくなります。2人以上で行って写真を撮ってもらうと、実際に第三者の視点も同時に得られますよ。

 そしてそれは「赤の他人が見て、これは面白いだろうか?」と一歩引いて見る効能もあります。

自分が面白いと思ったことを
誰にでも伝わるように翻訳する

 ある大学で講義した時、ライター志望の学生向けに、誰でも記事が書けるテンプレートを作ったことがありました。「自分のテンションが上がる方法」について「同じぐらい楽しいこと」「似た行為」「人に勧めるか」などの質問項目に記入していくテンプレートです。

 すると、「おかしのまちおかで3000円分買う」「好きなアニメを見る」といった方法があがってきました。なかでも「同じぐらい楽しいこと」「一般的な方法よりもいいところ」の項目が面白かった。個人的な喜びのメリットを、一般的な話に置きかえて説明していました。

 例えば「金額以上の楽しさが味わえる」や「卒アルをめくるよう」「環境に優しい」など。

 自分がテンション上がる方法は個人的な話だから、その行為がなぜいいのか?を説明するときに、節約や郷愁など、世間一般でいいこととされていることを引き合いに出していました。

「翻訳」を意識すると分かりやすくなると思います。翻訳がうまくできていなくてもその飛躍や強引な理屈は目を引くので、チャレンジする価値はあります。

オーソドックスな表現は
面白さを際立たせる隠し味

 書き方はあくまで普通に。奇をてらわないほうがいい。記事はオーソドックスに書くのがおすすめです。