教師という「エリート」のはずだった存在

 しかし、今回の女性教師のケースには、より根深い中国社会の構造が透けて見える。

 1990年代以前の中国では、今ほど人口の流動は自然なことではなく、「農村を脱するには軍隊に入るか、教師になるしかない」と言われていた時代があった。大学進学が一般的でなく、夢のまた夢だった当時、“高校卒業後に師範学院へ進み、教師になる”という道は、数少ない上昇ルートだった。

 師範学院を出て教師になれば、国家が配属先を決め、農村戸籍から別の戸籍へ移ることができた。つまり教師は、社会的に「のし上がる」ためのエリート職だったのである。それにもかかわらず、現代の若い女性教師が、古い価値観から逃れられず命を絶つ――この出来事は、あまりにも時代錯誤だ。

 彼女の存在価値は、本当に、そんな軽いものだったのか?

実家も婚家も遺体の引き取りを拒否~死後も冷酷すぎる現実が

 この事件には、その後の続報もある。彼女の死後、両親は「すでに嫁いだのだから」と遺体の引き取りを拒み、夫側も「まだ家の敷居をまたいでいない」と受け取りを拒否したという。

 生前の彼女は、まるでそれを予期していたかのように、友人たちに死後の手配を託していた。

 報道によれば、親類や家族は、彼女がうつ状態だった可能性をほのめかしたという。しかし進学校で歴史教師として働いていた彼女の同僚や学生は、それを否定している。

 結婚を強いてきた家族は、なぜ抵抗する彼女を病気だというのか。さらには婚家からの結納金を返金するよう求められたが、両親はそれを断り、さらには彼女の遺体も死後4日間葬儀場に放置されたままになっていたという。

 彼女には結婚した兄と、未婚の弟がいた。彼女の結納金は弟の結婚資金に充てられる予定だったとされる。そう考えると、「私の最大の価値は結婚すること」という彼女の言葉は、決して誇張ではなかったのかもしれない。