スポーツ分野で
活躍する卒業生は

 松江北高校の玄関前には「質実剛健」と刻まれた碑がある。これが明治以来の旧制松江中学の校訓になっている。その後、「文武両道」が並び、現在は校歌の歌詞から「世界の人たれ」がスクールポリシーになっている。

 また「人間関係構築力」「知的探究力」「自己開拓力」「社会貢献力」といった確かな学力の育成に向けて、教師も生徒も互いに切磋琢磨しながら学びを高め、部活動などにも励んでいる。

 25年春の大学入試(25年4月入学)では、現役・浪人合わせ、京都大3人、大阪大5人、神戸大6人、北海道大、東北大各1人、島根大40人、鳥取大22人、広島大13人、鳥取環境大3人などの合格者が出た。

 このうち現役で国公立大に合格したのは、145人。25年3月の卒業生数は246人だったので、その比率は59%だった。

 私立大については延べ人数で、早稲田大5人、慶応大2人、明治大4人、上智大1人、立命館大18人など。

 難関大への合格者は、ひところと比べて減っている。例えば東大には、87年に13人、京大には18人が合格している。

 生徒の部活動入部率は85%にも達する。スポーツなどで活躍した卒業生が目立つ。

 弁護士で国際オリンピック委員会委員をするなど日本の体育・スポーツ界の発展のために尽力した岸清一が卒業生だ。東京・渋谷区の岸記念体育会館にその名が残っている。

 スポーツ科学の学者である吉儀宏は、関東学生陸上競技連盟の役員を長く務め、正月の風物詩となっている箱根駅伝を先導してきた。

 陸上競技の名選手も輩出している。マラソン選手の津田晴一郎は、1928年のアムステルダム五輪、32年のロサンゼルス五輪で連続入賞した。

 山田寧は棒高跳びで国体を制覇し、61年にはユニバーシアード代表となった。

 09年には荒井悦加(よしか、旧姓辰巳)がアジア選手権女子3000m障害で優勝した。この種目での日本女子選手初の優勝だった。

 野球では、山内以九士(やまのうち・いくじ)が日本のプロ野球の規則や記録の整理・研究に貢献した人物として知られる。旧制松江中学から慶応大に進学、野球部に入部してスコアブック記帳や球拾いなどをしているうちに、野球記録の研究に夢中になっていった。51年にパ・リーグ記録部長に就任、85年に特別表彰で野球殿堂入りを果たした。

 松江北高校の硬式野球部は春夏通算4回の甲子園出場を果たしている。02年春には「21世紀」枠で甲子園に出場したが、それ以来甲子園からは遠ざかっている。同大会で主将を務めた西尾大樹は現在、野球部監督をしている。(敬称略)

(フリージャーナリスト 猪熊建夫)