この危機的状況を受けて1983年にSSIHとASUAGが合併し、スイス・マイクロエレクトロニクス・時計株式会社(Societe Suisse de Microelectronique et d’Horlogerie SA,SMH、1998年以降はスウォッチ・グループ、Swatch Group)が設立された。
同時に、スイスの時計会社の多くが消滅し(1970年には1618社、1985年には634社)、時計産業の雇用は1970年の約9万人から1985年には約3万3000人に減少した。
伸び悩むオメガを尻目に
業績を伸ばしたロレックス
競合他社が危機からの脱出を模索するなか、ロレックスは世界有数の時計ブランドとしての地位を確立した。その優位性が目に見える形で現れたのは販売においてであった。
ロレックスは財務データを一切公表していないため、この分析は新聞で引用された推定値や銀行アナリストの作成した数字、あるいは貴重なアーカイブ文書に記載された数字に頼らざるを得ない。これらの大半は非常に大雑把な推計値であるが、長期的なトレンドを把握することはできる。この数字を見ると、危機の時代にロレックスが力強く成長し、ライバルのオメガを凌駕したことが浮き彫りになる。
同書より転載
入手できた数字によると、ロレックスは1960年と1970年にはすでにオメガを上回っていた。
しかし、その数字にはセカンドブランドのチューダーが含まれているのに対し、オメガの売上高にはティソなど他のSSIHブランドは含まれていないことに留意する必要がある。この時期のクロノメーター(編集部注/スイス公式クロノメーター検定協会の厳しい精度基準をクリアし、認定を受けた高精度の機械式時計)登録数の統計が示唆するように、2つのブランドが極めて接近していたことは間違いない。
ロレックスがオメガを大きく上回ったのは1970年代以降、とりわけ1980~1987年である。1987年、ロレックスの売上高は主要な競争相手のほぼ2倍となっていた。







