大量生産で利潤を追求したセイコーと
マーケティングを重視したロレックス

 ロレックスの成長ぶりは、この時期のセイコーの販売動向とも比較されるべきである。

 セイコーはクォーツ・ショックの中心的存在であり、1980年代初頭には世界の時計産業の新たなリーダーとして頭角を現した。ロレックスと適切に比較するためには、セイコーのハイエンド製品だけに焦点を当てるべきであるが、セイコーの最高級時計として1960年に立ち上げられたグランドセイコーのサブブランドは、1968年に廃止され、国内市場では1988年に再スタートしたばかりである(世界市場では2010年)。したがって、服部セイコー株式会社の全生産量をロレックスと比較することになる。

図表:セイコーとロレックスの時計数同書より転載

 腕時計の販売本数という点では、セイコーはまさに産業界の巨人であり、1960年に370万本だった生産量は、1987年には6640万本にまで増加している。

 一方、ロレックスの生産量は、1987年には50万本弱と推定される。時計部門の売上高を円換算すると、セイコーは1960年の172億円から1984年の3118億円をピークに減少に転じた(1987年は2167億円)。スイスフランに換算すると、1987年のセイコーの時計部門売上高は約22億フラン、これはロレックスの2倍強であったが、数量は130倍以上であった。

 セイコーとロレックスは、少数の高精度時計モデルの大量生産という産業組織構造こそ似ているが、ビジネスモデルは正反対であった。ロレックスはマーケティング戦略によって高い付加価値を目指したのに対し、セイコーは数量に重点を置いた。したがって、この時期、セイコーはロレックスのライバルとはみなされなかった。