2025年3月中旬に大城ゼミのメンバーとともにエジプト研修旅行をし全10日ほどの行程中にアスワンのフィラエ島を訪問した。

 そこには大王とも称されるラムセス2世の命によって建造された有名なアブシンベル神殿の移築の際に一緒に移築されたイシス神殿がある。多くの小型船が並ぶ波止場で全員一緒に船に乗り込み、10分ほどかけて景色を見ながら神殿のある小島に向かうのだ。

 あまり知られていないのであるが、神殿の壁には、「最後のヒエログリフ碑文」と呼ばれているものがある。現在知られている限り、これが年代の記された最も新しいヒエログリフ碑文なのだ。

 つまりそれこそが最後に古代エジプト人によって書かれたヒエログリフということになる。そこに彫り込まれた紀元後394年8月24日が古代エジプト文明最後の碑文になるとは、よもや描き手自身も考えていなかったであろう。

実は日本語とそっくり!?古代エジプトの象形文字に隠された、漢字との意外な共通点『古代文字を解読していたら、研究に取り憑かれた話』(大城道則、青木真兵、大山祐亮、ポプラ社)

 ヒエログリフの語り部であった神官たちとともに古代エジプトの宗教・信仰はその役割を終え、同じくヒエログリフの伝承者であった書記という職業は、ナイル世界にやって来たギリシア人やローマ人の定着によって、形を変えその機能を失っていった。

 古代エジプトらしさは、古代地中海世界のなかに溶け込んでいき、その地において一見するだけで「これは古代エジプト的だ」とは判断ができないものとなったのだ。唯一の例外がヒエログリフであったのかもしれない。

 ヒエログリフの読み手・描き手は失われてしまったが、ヒエログリフの碑文はエジプトのいたる所に残された。たとえ意味がわからなくともヒエログリフが非エジプト的なものと考える人はまずいないであろう。たとえヒエログリフのヘビが「F」、フクロウが「M」で表すことを全然知らなかったとしても。