シルバー・デモクラシーを
冷静に分析すると...
高齢者優位の財政のあり方、およびその民主主義とのつながりを、ごく簡単に確認しよう。
八代尚宏『シルバー民主主義』にもとづき、SDの事例を取り上げたい。ここでは、政治が選挙のために高齢者の「既得権」を守る仕組みをSDと理解し、その特徴として次の3つを指摘する。
第1に、「社会保障制度や企業の雇用慣行において、若年者より高齢者を優先することによる、世代間格差の広がり」である。
第2に、「政府を通じた画一的な所得移転を重視し、借金に依存した日本の社会保障の現状を放置する近視眼的な政策」である。
そして第3に、「過去の日本経済の成功体験に縛られ、経済社会の変化に対応した新たな制度・慣行へ改革することに対する消極的な姿勢と先送り志向の強まり」である。
SDは日本社会に巣くう顕著な悪で、それによってさまざまな障害が発生するとみなされる。天野馨南子の表現では、SDでは「人口マジョリティ化した中高年にとって都合の良い(すなわち若い世代の価値観を軽視した)報道や政策ばかりが優先される」。
さて、このように各方面で盛り上がっているSD論に水を差すことを承知で、ここからは政治理論の立場から立ち止まって考えてみよう。
やはり気になるのは、政治不信、生活不安、財政赤字、経済不振、報道姿勢、就労環境の悪さなど、現代日本社会の諸悪の根源をSDにもとめることができるのかという点である。
高齢者の政治的影響力の強さによって、こうした一連の害悪が出現したとするのは、やはり過大評価ではないだろうか。こうした問題の発生と、SDの政治史を冷静に比較分析する必要がありそうだ。
とはいえ、現代社会に巣くう諸悪は深刻で、それぞれに高齢化が絡んでいることは間違いないだろう。こうした見立ては矛盾ではない。社会の高齢化とSDを区別すべきではないか、というのが筆者の立場である。
若い世代への負担増を
高齢者たちは望んでいない
私たちの課題は、概念として膨張気味のSDを、政治的な理論分析の対象として位置付けて、その意味と対応策を考えることにある。







