「みんな」の意見が反映されない
民主主義に価値があるのか

 SDは民主主義に対する私たちの信頼と忠誠を損ねるので、その正統性が失われるだろう。それ自体がただちに不幸を意味するわけではないが、民主主義と政治がますます隅に追いやられて、私たちの自己表現の機会がかなり限定されてしまう。それはやはり不幸につながっていそうだ。

『民主主義の死角』書影『民主主義の死角』(鵜飼健史、朝日新聞出版)

 ブッフマイヤーとフォクトによれば、若者の政治参加の阻害、政治家の高齢化、そして政策の偏りなどを発症する高齢者中心の民主主義において、究極的にはその正統性が侵害される。

 これまで民主主義は、社会政治的な状況に適応し、変容することで、その正統性を確保してきた。民主主義がこれまでと同様に、正統性のある体制でいられるかは、民主主義の高齢化への対応にかかっているのである。

 民主主義の正統性は、私たちがそれを信じていることにある。SDの跋扈は、この原理に対する攻撃となりうる。その結果、民主主義はその持続性を失うだろう。ここで言う持続性の喪失は、高齢者優遇の行き過ぎによる人口減少でもたらされる、民主主義の運営上の限界ではない。

 現実的にはそのかなり手前で生じるはずの、私たちによる、民主主義の自発的な放棄である。問題は、高齢者を抑え込めるかではなくて、民主主義を維持できるか、である。