たしかに、広い意味での利益誘導が高齢者層を狙って行われ、その負の影響によって、現役世代や子どもは相対的に損をするという理解は根強い。
すなわち世代間対立の存在である。このとき、高齢者による「不当な支配」(編集部注/少数派が多数派をコントロールしている状態)としてのSDは存在しないかもしれないが、その「正当な支配」はやはり存在する、とされる。後者をSDと呼んでしまいたい誘惑に、私たちは駆られている。
だが、世代間対立がほんとうにあるのかについても、実は議論の余地がある。これが言いうるには、パイが限定的で、その取り合いが世代を主体として生じていなければならない。
若干データが古いものの(SDという語の定着後の)、2014年に内閣府が実施した「人口、経済社会等の日本の将来像に関する世論調査」を参照すると、少なくとも人びとの意識の上では、世代間対立は生じえない。
同書より転載
図にしたがえば、年代によって回答に大きな差はない。むしろ目につくのは、70歳以上で、高齢者への拡充と若い世代への抑制という選択が少なく、高齢者と若い世代への拡充と国民全体の負担増という選択が多いという点であろう。
すなわち70歳以上では、いわゆる福祉国家路線の希求が相対的に強く、自分たちのためだけに若い世代に負担を負わせる意図は薄い。さらに、国民全体の負担増をさけるために、高齢者への抑制をもとめる声すら、70歳以上でもそれなりに聞かれる。
まとめると、高齢者が一般的に福祉の拡充を支持するとしても、若者のパイを奪ってまで自らの利害を追求することには消極的である。







